第14話

 その話をした翌日、僕は新しく書いた小説を持って、山岸と共にまたあの人気のない校舎裏に行った。


 しかし、僕が一晩かけて新しく書いたのは、これだけだった……。


『平穏な学園生活を送る転校生ヨシカズ・サワラはある日、世界を脅かす敵に遭遇したが、仲間とともに力を合わせ、一騎当千の働きで見事撃退した』


「……なにこれ? 小説?」


 ノートを見た山岸は呆れ顔だった。そりゃまあ、こんなに短く簡潔な文章を小説とは呼ばないよな……。


「ごめん、書こうとしたんだけど、イメージ全然わかなくて」


 そう、この僕が、ぼっちのコミュ障の僕がバトルで大活躍するシーンなんてさっぱり想像できなかったのだ。がんばって「一騎当千の働きで」と、活躍した感じを出したわけだけども。


「まあいいわ。とりあえず、これでやってみましょ」

「え、いいの?」

「こんなに適当な小説で、どういう話になるのか興味あるし」

「た、確かに……」


 世界を脅かす敵って何だろう。自分で書いておきながら、さっぱりわからなかった。まあ、僕なんかが倒せるんだから、世界の敵(笑)ぐらいだろうけど。


「じゃあ、そういうことで、行くわよ、早良君」


 ぱちん。また山岸に平手打ちされ、僕達はラーファス学園竜都へ飛んだ。


 僕が今度召喚されたのは、エリサ魔術学園の裏庭だった。昼間で、外は明るく、僕の周りには同じ魔術科の生徒がたくさんいた。正面にはレンガを組んで作られたドーム状の小屋があり、その扉の前にはクラウン先生が立っていた。山岸はまたヌー学科のほうだろうか。近くにいなかった。


「あの、今から何するんだっけ?」


 ちょうどすぐそばに立っていたアニィに尋ねた。


「あんた、先生の話ちゃんと聞いてた? これから私達、竜の穴に入るのよ」


 アニィは妙に機嫌が悪そうだった。


「竜の穴って?」

「あー、もう! これだから転校生様は! 竜の穴ってのは、私達の竜魔素ドラギル耐性を測定するためのものよ!」


 ぐりぐり。アニィは忌々しげに、僕の頬を箒の柄で突く。痛い痛い。


「ど、竜魔素ドラギル耐性を測定って、検査か何か? 身体測定みたいな――」


 と、僕がそう言ったところで、


「ああ、そうだ。体にどれだけ竜魔素ドラギルを吸収できるかを調べるんだ」


 ワッフドゥイヒがこっちにやってきた。


「その量が多いほど、一度に大きな魔力を使えるということだ。魔術師に求められる資質の一つさ。ただ、アニィは力よりテクニックってタイプだからな。竜魔素ドラギル耐性試験でいい結果が出そうにないから、今からご機嫌斜めなんだろう」

「解説どうも、優等生様」


 アニィはワッフドゥイヒをじろりと睨んだ。なるほど。魔術師能力検査みたいなことをこれからするのか。竜の穴ってのがまだよくわからないけど。山岸との共作のせいか、作者の僕でも知らないことは多いみたいだ。


 でもなんでいきなりこんなところからスタートなんだろう。バトルで活躍するはずなのに……。


 やがて、クラウン先生はおもむろに正面の小屋の扉を開けた。竜魔素陶磁器ドラギルセラミックの分厚い扉だった。金属が貴重なこの世界では、その代わりとなるものがこの竜魔素陶磁器ドラギルセラミックだ。また、扉の表面には封印の文字が刻まれていた。


「さて、これより、竜魔素ドラギル耐性試験を行う。各自、列を作って、この階段を下りるように。階段のわきには一定の間隔で深さに応じたナンバープレートが貼られている。各自、限界だと思ったところで、その番号を確認して戻ってくるように。以上」


 説明はそれだけだった。


「階段を下りるだけで試験になるの?」


 まだよくわからない。限界って何だろう?


「まあ、実際やってみればわかるさ」


 ワッフドゥイヒは僕の袖を引っ張った。僕達はとりあえず一組のペアになって、階段を下りた。後ろにはアニィ、さらに後ろにはルーがいた。


 それは本当に何の変哲もない、地下へと続く薄暗い階段に見えた。だが、少し降りたところで、唐突にアニィが「もうダメ」と言って、足をとめた。振り返ってランタン草のランプの光を当てて見ると、その顔は真っ青だった。これはいったい、どういう……。


「ここは世界竜の表皮を穿ち、真皮へと続く階段なんだ。地下へと降りるにつれて空気中の竜魔素ドラギル濃度は濃くなる。つまり、下に行くにつれ、竜魔素ドラギル耐性の低い者から順に脱落していくというわけさ」


 ワッフドゥイヒがようやく詳細を教えてくれた。そうか、竜魔素ドラギルは世界竜の体から発せられる謎エネルギーだっけ。そして、人それぞれ、それに耐えられる濃度の違いがある。それを調べるための試験がこれというわけだ。


「アニィ、大丈夫?」


 ルーが青い顔をしているアニィのそばにうずくまった。アニィは無言で首を振った。


「私はもうここで引き返すわ」


 と、横の壁に貼られたナンバープレートを一瞥すると、ふらふらと上に登って行ってしまった。


 僕達は再び下へと進んだ。途中でアニィと同様に何人も脱落し、上に引き返して行った。


 しかし、ルーはけろっとしていた。ワッフドゥイヒは……次第に苦しそうな顔になって行った。


 やがて、もう残りが僕達三人だけになったところで、彼も上に戻って行った。僕はしばらくルーと二人きりで下に降りた。


「ヨッちん、すごーい。この試験、いっつもアタイが一番なのに」


 ルーに褒められた。すごいのかなあ、これ? いまいちピンとこない。


「ヨッちんは、もしかしてアタイよりすごいのかな?」

「まだ、どっちが上かわかんないだろう」

「そーだね。アタイ負けないよ、ヨッちん!」


 ルーは大きな胸を揺らしながらガッツポーズを作った。しかし、それから時間にして五秒ほど、ちょっと下に進んだところで、青い顔をしてその場にうずくまってしまった。


「アタイ……もう、ダメ……」


 そのまま半ば這いながら上に戻って行ってしまった。


 そんなに辛いのかな?


 頭では理屈がわかっていても、やはりピンとこなかった。僕自身、今のところなんともないわけだし。


 まあ、そのうち苦しくなるかもしれないな。


 とりあえず、気を取り直して下に向かった。もう一人だし、少しでも体に異変があったら上に引き返そうと思った。


 だが、どういうわけか、僕はそのまま最下層と思しき所まで到達してしまった。


 階段はにわかに終わっていて、ただ平坦な床があるばかりだった。その面積も六畳一間くらいと、狭い。


 これってもしかして……。ふと、しゃがみ、その床に触ってみた。生温かかった。生物の、血液の流れを感じる温かさだ。間違いない、これは世界竜の真皮だ。


 世界竜っていうのは、やっぱりちゃんとした生き物なんだな。それもものすごく巨大な……。自分で創作した設定のはずなのに、感動してしまった。


 まあ、とりあえず上に戻らないとな……。一人だし、これより下はないわけだし。僕は立ち上がった。


 と、そこで、


「ねえ、きみ、もう帰るの」


 ふいに誰かに呼ばれた。声のした方を見ると、真皮の六畳一間の隅に、小さい人影があった。十歳くらいのあどけない顔立ちの女の子に見えた。髪は長く真っ白で、肌もすごく白かった。瞳はほんのり赤い。道化の服のようなものを着ていたが、布地の模様や袖の長さは左右不ぞろいだった。

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