第11話

 やがて、授業が始まったので、僕達はおしゃべりをやめた。魔術科の最初の授業は数学だった。しかも三角関数。普通の日本の高校とまったく内容が変わらないようだった。どこが魔術学校なのか。


「ねえ、これって、魔術に関係あるの?」


 こっそり、ワッフドゥイヒに尋ねてみた。


「ああ、魔術と数学は切っても切り離せないものさ。高度な竜魔素ドラギル干渉に不可欠だ」

「どらぎるかんしょう?」


 なんだろうそれ。そんな言葉、僕の小説には出てこないぞ?


竜魔素ドラギル干渉ってのは……この後の魔術の授業でわかるんじゃないかな」


 ワッフドゥイヒはもったいぶってそれ以上教えてくれなかった。とりあえず普通に授業を受けた。黒板や教科書に書かれている文字はへんてこりんな記号ばかりだったが、不思議と読めた。


 教室の隅には時計もあった。動力は不明だが現代日本のものと違いは特にないようだった。その秒針の動く様を見ながら、ふと元いた世界の五時間目の授業がそろそろ始まったころかなあと考えた。今日は午後の授業はまるまるさぼりになりそうだ。まあいいや、せっかくの異世界デビューなんだし。


 数学の授業が終わると休み時間になったが、ルーが人懐っこく話しかけてきて、外に出る隙がなかった。彼女はしきりに袋に入った豆を食べ、それを僕に勧めてきた。


「豆はね、すごくいいんだよ。いっぱい食べると頭がよくなるって、アタイのお父さんの口癖なんだあ」


 ぽりぽり。ルーは楽しそうに言う。彼女を見る限り、頭がよくなる効果はあまり期待できそうにないような。


「ヨッちんは、豆は好き?」

「まあ、普通かな」

「普通に好き? つまり大好き? へへ、アタイとおんなじだね。ヨッちんも、豆を食えー」


 ぐりぐり。僕の口に豆を押し込んできた。うわっ、パサパサする!


「おいしい? ヨッちん、おいしい?」

「う、うん……」

「やった。ヨッちんとお友達になっちゃった」


 今のはお友達の儀式だったのか。


 やがてすぐに魔術の授業が始まった。今度は担任のクラウン先生がやってきた。そういや、魔術の担任って設定だっけ。ああ見えても、実はかなりすごい魔術師なのだ。


「今日は転校生もいることだし、魔術の概要について軽く復習してから授業を始めることにする」


 クラウン先生はそう言うと、教室の隅にあった花瓶を教壇の上に移し、花を取った。


「みなも知っている通り、魔術には竜魔素ドラギル付与と竜魔素ドラギル干渉、この二つの技術が不可欠だ」


 クラウン先生の言葉と共に花瓶の水が口から出て、空中で丸い球体になった。これはまさに魔術。生魔術。


竜魔素ドラギル付与というのは、文字通り己の体から魔力を放出し、対象に付与するものだ。これにより、対象の加熱や破壊などの効果が期待できる」


 先生は指を意味深に水の球体に向けて振った。たちまち、水の球体は沸騰したようだった。内部から泡が湧いてきて、たくさん湯気が出てきた。


「今のは加熱。きわめて初歩の術だ」


 おお、すごい。電子レンジみたい。感動した。


「次に竜魔素ドラギル干渉についてだが、これは、物や生物がそれぞれ内包している固有の『流れ』に、竜魔素ドラギルを用いて干渉するものだ。これにより、竜魔素ドラギル付与よりも小さな魔力で、高度で繊細な効果が期待できる。例えば、この沸騰している水の『流れ』を竜魔素ドラギル干渉で停滞させるとこうなる」


 クラウン先生はまたしても水の球体に向けて指を振った。今度はたちまちそれは凍ってしまった。これもすごいなあ。冷凍庫みたい。


「『流れ』というのは、陶器や植物など、一見まったく動きが感じられないものにも存在する。それを感知し干渉することが竜魔素ドラギル干渉だ」

「……つまり、そういうことだよ。わかったかい、ヨシカズ?」


 と、ワッフドゥイヒがクラウン先生の言葉を受けて、僕にささやいた。


「わかったような、わからないような……?」


 なんか一部説明が抽象的だし。


「まあ、こういうのは習うより慣れよだよ」


 ワッフドゥイヒがそう言ったとたん、前から白紙の紙が配られてきた。何の変哲もないただの紙だ。


「さて、復習が終わったところで、これより授業に入る。各自、今配られた紙に竜魔素ドラギルで絵を描くように。このように」


 クラウン先生はお手本を示すように紙を上に掲げ、それを軽く揺らした。たちまち、その表面に焦げ目がつき、それが鳥の絵になった。


 え、いきなりあれをやれと?


竜魔素ドラギル付与による加熱が基本だが、自身の魔力に対する竜魔素ドラギル干渉のほうが重要となってくる」


 そう言われても、魔術なんてやったことないんですけど。白い紙を前に頭も真っ白になってくる。


 いったい、他のみんなはどうやって……。


 ちらりと隣を見ると、すでにワッフドゥイヒの紙には、焦げ目で描かれた見事なバラの絵が完成していた。早い! しかも先生より絵が上手い気がする!


「ヨシカズもいいからやってみなよ」


 ワッフドゥイヒは余裕の表情で僕に言う。くそ、この完璧イケメンめ。自分が作ったキャラクターとはいえむかむかしてきた。やけくそで、紙に手を当て、力を込めてみた。

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