第10話
「今日は皆に転校生を紹介する」
横から渋い男の声が聞こえてきた。はっとして、そちらを見ると、怪しい紋章の入った黒いローブをまとった男が立っていた。その顔にはこれまた怪しい感じの仮面が付けられており、見たところ年齢は不詳だ。髪は短く、茶色だ。
この人はもしや、クラウン先生?
そう、僕の小説に登場するキャラクター、エリサ魔術学園の教師だ。本名は別にあるけど、いつも仮面をつけてるのでクラウン先生と呼ばれている。なんで仮面をつけてるのかというと、顔にひどい傷があるからで、さらに本当は教師をやりながら裏で……って、設定を思い出してる場合じゃない。先生が今言った転校生って、明らかに僕じゃないか。
「え、えーと、サワラ・ヨシカズ……じゃなかった、ヨシカズ・サワラです。よろしく」
教室のほうを向いておじぎした。そこは、四十人くらいの生徒がおり、やや扇型で、黒板から離れるごとに少しずつ傾斜が上がって行くタイプの教室だった。生徒達はおのおの異なった服を着ていたが、この学園の生徒の証である緋色のストールはみな首に巻いていた。ちなみに僕は高校の制服に緋色のストールという微妙な服装だった。
うわ、たくさんいるなあ……。
みんな、僕と同じくらいの年頃の若者だったが、目の色や髪の色は多国籍な感じだった。それがいっせいにこっちを、僕を見ている。
いつもなら緊張のあまり気持ち悪くなるところだったが、僕は不思議と落ち着いていた。こっちの僕はコミュ障って設定じゃないからだろうか。
ふふ、どうやら、狙い通り異世界デビューできたみたいだぞ。
感激と喜びで胸いっぱいになった。しかし、そこでふと、山岸の姿が教室のどこにもないことに気付いた。
「あの、先生、僕以外に転校生はいないんですか?」
小声でクラウン先生に尋ねてみたら、
「このクラスにはいないが、ヌー学科のほうに女子が一人来ているぞ」
どうやら、僕達はそれぞれ別のクラスに転校してしまったようだ。ヌー学科とはレ・ヌーをはじめとするヌー家畜を専門に勉強するコースのことだ。そういえば、山岸の漫画の最後のほうのページにそんなような単語が書かれてた気がする……。
とりあえず、休み時間になったら会いに行こう。僕はクラウン先生が指差した一番後ろの列の席に移動し、座った。隣の席には銀髪の、僕と同じ年ぐらいの少年が座っていた。ビックリするほどイケメンで、細身で長身、たたずまいも実に気品がある。
こ、こいつは……。
一目でピンときた。そう、こいつは――、
「ワッフドゥイヒ!」
「あれ? 俺のこと知ってる?」
銀髪の少年、ワッフドゥイヒは、僕のほうに振り向いた。正面から見た顔も申し分なく整っている。
「い、いや、知ってるって言うか……」
作者だし。お前のもろもろの設定考えたの僕だし。
「ワッフってば、何かと有名人だもん。転校生君が知ってたっておかしくないよー」
と、ワッフドゥイヒのさらに隣の席から女子の声が聞こえてきた。見ると、ウェーブの入った長い金髪に碧眼の美少女が座っていた。その体はグラマラスで、ひものようなものを胸周りと腰回りに巻き付けた以外は何も身につけてないような、実に露出度の高い恰好をしていた。
「君はいったい……?」
まだ僕の小説には登場してない、知らないキャラだった。そもそも僕は普通の文庫本の三分の一くらいしか書いておらず、登場キャラもまだ全然少なかった。
「アタイはね、ルーフィー。ルーって呼ばれるのが好きかな」
「そうか、ルーさんか」
「ルーさん? 違うの、ルーなの」
「え? さんづけは禁止?」
「んーとね、ちゃんつけはオッケーだよ」
「じゃあ、ルーちゃん?」
「あ、やっぱりそれも禁止。なんかかわいくなーい」
「う、うん……」
なんだかほわほわした感じの子だ。一言で言うと、アホっぽい。
「ねえ、転校生君は、ヨッちんと、ベルベロって、どっちのあだ名で呼ばれたい?」
「なんでベルベロ?」
ヨッちんはわかるのだが、ギリギリ。
「ベルベロはね、アタイの死んだ弟の名前なの」
「え、そんな名前もらっていいの」
「いいんだよ。今年また生えてきたし」
「生えるの? 弟が?」
「うん、そのうち実がなるから、ベルベロにもおすそわけしてあげるね」
「いや待て。よくわかんないけど、ベルベロってあだ名はやめて」
っていうか、死んだ弟ってなんだ。植物か。
「気にしないで。ルーってば、誰に対してもこんなだから」
と、そこで、ルーの前の席の女子がこっちに振り返った。赤毛のツインテールのひときわ小柄な女子で、小学校六年生くらいに見える。すその短いワンピースとニーソックスを身につけているが、胸もぺったんこで幼児体型だ。机の上にはその子のものらしいとんがり帽子が置かれており、わきには箒が立てかけられている。ルーと同じく僕の知らないキャラだ。
「へえ、君みたいな小さい子でも入学できるんだ」
すごいなあ。きっと天才少女ってやつだなあ、と、続けようとした途端、すごい勢いで、箒の柄で頭を叩かれた。
「ちょっと! いきなりバカにしないでくれる! 私はこう見えても、れっきとした十六歳よ!」
赤毛の少女はぷりぷり怒っている。
「ご、ごめん……」
どう見ても十六歳って感じじゃないのになあ。痛む頭をさすりつつ、必死に頭を下げた。
「悪かったよ。僕はヨシカズ・サワラ。君は?」
「あなたのような無礼な人に名乗る名前はないわ」
少女はツン、と、そっぽ向いたが、
「そう言わずに教えてあげたら、アニィ?」
ルーが割り込んできた。っていうか、名前を教えてくれた。
「そうだよ、せっかくだから教えてあげたらどうだい、アニーベル?」
ワッフドゥイヒもわざとらしく教えてくれた。それが本名であだ名がアニィか。なるほど。
「よろしく、アニィ」
声をかけたが、返事はなかった。
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