第9話
その日、僕は学校から家に帰るとすぐに小説の続きを書いた。といっても、ワッフドゥイヒのレ・ヌーの競争の顛末を手短に書いて、場面転換し、翌日、エリサ魔術学園に転校生「ヨシカズ・サワラ」を登場させただけだったが。
自分の分身を創作に登場させるのはさすがにとても恥ずかしかった。名前は世界観を意識して、ヨシカズ・フォン・サワラにしようか迷ったが、恥ずかしさに耐えきれずやめた。フォン、というのは、この小説の世界に置いて、長男、嫡子を表すものだった。
とりあえず、外見描写は現実の僕そのままにして、遠い竜都からやってきた、嫡子だけどフォンをつけない文化圏から来た人間だということにした。あと、さらっと地の文に「ヨシカズ・サワラは誰とでも気軽に話せる性格」と付け加えておいた。異世界でもコミュ障なんてかっこ悪すぎだし。
でも、これでほんとに異世界デビューできるのかな?
正直、半信半疑だった。いや、二割信八割疑くらいだった。山岸の提案だから乗っかってるだけだった。山岸は、その、僕が唯一まともに話せるクラスメートだし……。
翌日の昼休み、僕と山岸は前日と同じように、人気のない校舎裏に行った。お互いの小説と漫画を持ち寄って。
山岸の漫画は茶色い封筒に入っていた。僕は自分の小説を書いたノートとそれを交換した。山岸に小説を見せるのはやはりかなり緊張した。今まで誰にも見せたことのなかったものだし。
「あんまり上手くないの。笑わないでね」
山岸は僕が漫画の原稿を見る前にそう言ったが、実際見てみると、絵はとても上手かった。トーンは貼ってなかったが、コマ割りや構図も冴えていた。
原稿は全部で百枚ぐらいあった。その半分くらいまではペン入れもベタ塗りもしっかりされていたが、残りはえんぴつの下書きだけだった。おおまかな内容は僕の書いている小説と同じで、魔術も勉強も万能のイケメン学生ワッフドゥイヒ・フォン・レザルツの楽しい学園生活が描かれたものだったが、僕の小説に比べると、ヒロイン視点の描写がかなり多かった。
「……どう?」
ふと、原稿から顔を上げると、不安そうにこちらを見つめる山岸の瞳があった。
「いいんじゃないかな。プロの漫画みたいだよ」
「ほんと?」
山岸はとたんにうれしそうに笑った。それを見てると、僕もなんだか気持ちがほっこりした。
「僕の方はどうかな?」
「うーん? 私、本はあまり読まないほうだから、こういうのよくわかんなくて。でも、いいんじゃないかしら?」
「そ、そう……」
褒められたんだよな、一応? とりあえず、そこは深く考えないことにした。
そう、そんなことより、もっと大事なことがあるはずだし……。
僕はおもむろに山岸の漫画の最後のほうを見た。ワッフドゥイヒがレ・ヌーの競争に勝った後、エリサ魔術学園に一人の少女、「カナエ・フォン・ヤマギシ」が転校してくるシーンで終わっていた。
「山岸さん、フォンはつけたんだ……」
「ちょ、長女だし、別にいいかなって! 早良くんはつけてないのね」
「ちょ、長男だけど、別にいいかなって!」
「そうね、別にどっちでもいいわよね!」
僕達は恥ずかしさのあまり、変なテンションになってしまった。お互いどう見ても純日本人なのに、名前にフォンって。
まあ、それはともかく、ちゃんとお互いの分身を物語に登場させたことは確認できたわけだし。
「じゃあ、さっそくあっちに行こうか……」
ごくり。生唾を飲みながら目を閉じ、山岸のほうに顔を向けた。
「そうね。やってみましょ」
ぱちん。またしても頬を叩かれた。痛い……。
だが、それはやはり、ラーファス学園竜都に召喚?されるための手段に間違いないようだった。そして、先に結論から言うと、自らの分身を作中に登場させる試みも見事成功したようだった。再び目を開けた時、そこはもう高校の人気のない校舎裏ではなかった。
そう、そこはエリサ魔術学園魔術科の教室だった……。
僕は教壇のすぐ隣に立たされていた。今回の異世界召喚はなんとここからスタートだった。また唐突な。
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