第12話

 すると、何か熱いものがそこから出てきたようだった。


 これは魔力? そうか、異世界デビューしたついでに、僕も今日から魔術師に――と、浮かれたのもつかの間だった。魔力らしいものが僕の手から放出されたと同時に、紙は灰になってしまった……。


「ちょっと力が強すぎたね」


 ワッフドゥイヒは笑っている。他のみんなもこっちを見てくすくすしている。恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。


「なに、俺がもう一回チャンスをやるからさ」


 と、ワッフドゥイヒはこちらに手を伸ばし、灰を指ではじいた。たちまち、それは元の紙に戻った。なんだかすごく高度な魔術で失敗を帳消しにしてくれたようだった。


 よし、ならばもう一回……。


 さっきよりは慎重に手に力をこめた。だが、またしても失敗だった。今度は灰にこそならなかったものの、紙に大きな穴があいてしまった……。


 僕はまたチラリとワッフドゥイヒのほうを向いたが、「残念」と笑うだけだった。もう失敗をチャラにしてくれないらしい。


 さらに、


「なお、紙を破損したり焼いたりしたものは、後で補習を受けてもらう」


 クラウン先生が急にこんなことを言うではないか。補習って、異世界デビューしたのに受けなくちゃいけないのかよ。情けなくてため息が漏れた。これじゃ、日本の高校に通うのと何が違うって言うんだ……。


 周りを見回すと、僕のほかにルーが紙に穴を開けているようだった。やった、お仲間ゲットだぜ。


「ルーは竜魔素ドラギル・ハンマーの異名を持つんだ。とにかく力が強い。そしてコントロールが下手」


 ワッフドゥイヒが小声で言った。


「アニィは逆だな。竜魔素ドラギル・エペの異名の通り、力よりもテクニックってタイプだ」


 見ると、アニィは確かに見事に絵を完成させているようだった。先生やワッフドゥイヒの絵に比べ、淡いタッチの繊細な絵に見えた。


「ワッフドゥイヒ、じゃあ、君はどっちのタイプなんだい?」

「俺か? 俺はどっちって感じじゃないな。あえて言うなら、竜魔素ドラギルの麒麟児? 申し子?」


 銀髪のイケメンは自信に満ちた笑顔で言う。自分でそこまで言うか、普通。やっぱりむかむかせずにはいられなかった。


 僕は再び周りを見た。僕ほどひどくないにしても、それなりに失敗して補習確定している生徒はいるようだった。少し心が落ち着いた。


 まあ、補習なんて受けるつもりはないけどさ。どうせすぐ山岸と合流して元の世界に帰るし……。


 と、そこで、一番前の席に座っている亜麻色の髪の少女がちょうど紙に穴を開けているところだった。彼女は失敗したとたん体を小さく震わせ、それから、決まり悪そうに後ろを、こっちのほうを見た。


 あ、あの子は……。


 その綺麗な顔立ちを見た途端、ピンときた。そう、彼女こそがこの物語のヒロイン、フェトレ・フォン・イリューシアだった。本当はこの国の王女だけど、身分を隠して学園に通っているという設定だった。


 彼女の視線の先には、ワッフドゥイヒがいた。彼らが目を合わせたのはほんの一瞬だった。


 だが、直後、ワッフドゥイヒは自分の紙に指を立て、魔力で穴を開けてしまった。


「まあ、たまには補習ってやつを受けるのもいいかな」


 僕はその言葉の裏にある真意がよくわかった。彼はフェトレと少しでも一緒にいる時間が欲しいんだ。二人はお互いに想いをよせあってる。そういう設定だっけ……。


 王女様とのロマンスか。魔術は万能だし、愛想もいいし、本当に、絵にかいたようなイケメンだなあ。僕はやはり彼をまぶしく思わずにはいられなかった。



 魔術の授業が終わると、僕はすぐに教室を出て、ヌー学科の教室がある校舎のほうへ向かった。すると、ちょうど二つある校舎をつなぐ渡り廊下の中央で山岸と会った。彼女も僕に会いに行く途中だったらしい。


 山岸は僕とは違い、乗馬服のようなものを着ていた。もちろん、髪形や眼鏡はそのままだし、首には緋色のストールが巻かれている。


「ねえ、聞いて早良君。私、さっきの実習で、ラ・ヌーに乗って空を飛んじゃった」


 山岸は開口一番楽しそうに話した。ラ・ヌーというのは、レ・ヌーより一回り小さい家畜のトカゲ鳥のことだ。


「先生と一緒だったし、ほんのちょっとの時間だけだったけど、すごく気持ちよかったわ。エリサ魔術学園って最高ね」

「そ、そう……」


 こっちは補習だし、銀髪のイケメンに劣等感刺激されまくりだし、さんざんだったのになあ。


「もしかして、山岸さんはヌーで空を飛びたいからヌー学科にしたの?」

「当然よ。早良君も魔法が使いたいから魔術科にしたんでしょ」

「まあ……」


 正直、あまり深く考えてなかった。ただ異世界の学校に転校生として登場できればそれでいいやって……。失敗したなと思った。魔術の才能はあまりなさそうだし、僕も山岸と一緒にヌー学科にすればよかった。


「とにかく、いったん僕達の世界に戻ろう」

「そうね。時間もだいぶ経ってるし」


 ぱちん。来た時と同様にまた平手打ちされてしまった。毎度のことながら痛い。

 そして、それにより、僕達は元の場所に帰ってきたようだった。服装も元のままだ。


 制服のポケットの中には異世界にいる間行方不明だったスマフォもちゃんとあった。通話やメール機能はほとんど使ってないものだったが、見ると、時刻は午後一時半だった。なんと、まだ昼休みは終わってないらしい。


「あっちにいる間は、こっちの時間は気にしないでいいってことかしら?」

「……みたいだね」

「じゃあ、私達、あっちの世界で遊び放題ね」


 山岸はやはり上機嫌だった。


「遊び、ね……」


 僕の気持ちは複雑だった。だって、せっかく異世界の学校に転校したのに、普通に授業受けて、普通に落ちこぼれになってたし。そんなのって……。


 しかし、山岸はそんな僕の気持ちにはまるで気付いてないようだった。「じゃあ、また明日の昼休み、ここで一緒にあっちの世界に行きましょ」一方的にそう約束させられてしまった。

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