第15話「奇跡の少女。」
「ーーーはぁっ!!」
一閃。剣を振るったかのような鋭い蹴りが、空中を舞う。
「おおっと。はっ、なかなかやるじゃねぇかっ!」
その蹴り筋を見切り、尽く躱すリックは慌てた様子もなくカナンに賞賛を送る。
「ちぃっ…!」
皮肉を送られたカナンは、負けじと素早い動きで拳を叩き込む。
「速ぇ上に軸もブレてねぇ。威力もあるだろうし、中々な腕前だ。……が、それでもだ。」
リックはカナンの攻撃を目で追いかける。木を使い、山の高低差を使い、難なく襲いかかる攻撃を躱し続ける。
「くそっ!!」
自分の攻撃が当たらないカナンは、焦りから次第に思考が乱れ始める。
「ーーそれじゃ、俺には届かねぇな。」
躱し続けていたリックは地面を蹴り後方へと跳ぶと、背後にあった木を蹴りつける。
踏み台となった木は、蹴られた力をリックの足へと流し返す。
「なっーー!!」
リックは木から放たれる蹴りの反動を使い、逆にカナンを蹴り飛ばす。
「く……ぅぅうっ…!!!」
感と反射神経によりカナンはギリギリで反応し腕でそれを防ぐも、敵の力に押し負け吹き飛ばされる。
「こん中だと、テメェが一番強ぇ。それはよく見てたからな。」
リックは追い打ちをかけるようにその場を駆け、カナンを追いかける。
「ーーさせませんわっ!!」
力勝負に押し負け、地面に不格好に着地したカナンを防ぐように、フィリアは前に立ち右足を一歩前に出し魔力を込める。
「なるほど。そんでお前が魔術師か。」
「…っ!
カナンを庇うフィリアをまた囲むように、地面にまかれた炎の魔力が立ちはだかる。
「ーーちっ。」
リックは舌打ちをすると、その場で急停止する。
「ーーやぁぁぁあっ!!」
動きの止まったリックに、不意打ちで璃々花が攻撃を仕掛ける。
木々に隠れ、一太刀浴びせるタイミングを見計らっていた璃々花の攻撃を察知したリックは跳躍しその攻撃を躱す。
「さっきのやつと違い、お前のはダメダメだな。」
リックは先程のカナン同様に璃々花に蹴りかかるものの、二人の攻防を見ていた璃々花はその攻撃に対応して難なく避けることに成功する。
「剣……ていうか、それは棒か?何でもいいが、攻撃の一筋がブレ過ぎだ。ーーいや、それどころか、戦うための体の使い方がなっちゃいねぇ。」
たった数分、しかも璃々花が攻撃を仕掛けたのは一回。それだけで敵は璃々花の戦闘経験を察する。
(フィリアさん…!)
しかし、そんな璃々花の目線には、リックの姿に隠れるように背後をとったフィリアの姿が映る。
ここならば、と璃々花の前を遮るように位置するリックに対し、フィリアは詠唱を重ねる。
「
渦巻く炎が、背を向けたリックに向かって放たれる。
完全なる死角からの攻撃。しかも、今までにもやった、不運を活かした攻撃方法。
これならばいけると確信したフィリアの前で、己に向かって放たれた魔法に気づいたリックは不敵に笑う。
「あー、残念。気づいてないとでも思ったか?」
リックは背後から放たれた魔法を一瞥すると易々とそれを躱す。
標的を失ったフィリアの魔法は軌道上に位置し、更にはお互いのデッドスキルによって魔法が引き寄せられていれ璃々花の姿。
「まずーーっ!」
一度放ってしまった魔法は詠唱者にも取り消せない。フィリアはもう一度魔法を使い打ち消そうと考えるが、それでは失敗してしまえば、二重で璃々花に被害が行くと気づき止める。その判断で数秒の時間を無駄にした。
地面に膝をつく璃々花は、自分に向かってとぐろをまく炎の渦を見て、姿勢を戻す。しかし、弾状態なら鉄棒で防げるが、放射系は防げない。
(マズい、当たるーーーー!!!!)
「ーーっ、
被弾することを覚悟して目を瞑った璃々花だが、一向に待てど当たる衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けてみると、璃々花の目の前には炎ではなく、とても硬そうな何かが魔法を防いでいた。
「…?これは、鉄の壁…?」
一見すれば鉄のように硬そうな材質が、璃々花の体がすっぽり入るほどの大きさで四角く壁になっている。
ソレはフィリアの放った魔法をその身に受けても崩れることはなく、その場に健在していた。
「これは……」
こんなものは見た事がない。フィリアでは無く、恐らくカナンでもない。ならばもしや、と周りを見渡す。そんな璃々花の目に映ったのは地べたに座りながらも、目に涙を浮かべながら杖を扱い、魔法を唱える少女の姿が。
「ーーチッ。またアイツか。妙な魔法を使いやがる。ありゃあ自然魔法の類か?」
リックは不機嫌そうな表情を浮かべ、少女を見る。リックの威圧的な目線に気づいた少女は怯えながら目を瞑る。
「やっぱ、コイツらは無視してあの小娘を捕まえるべきかーー」
標的を璃々花達から変えようとしたリックは、自分の背後に首を刺すような一筋の殺気を感じる。
「ーーここだっ!!」
「ちぃ……っ!!」
自分がされたように、カナンは木々を使い鋭い一突きをリックな向けて放つ。
殺気に気づいたリックはそれを紙一重で避けようとするも、先程よりも増した攻撃の精度に対応出来ず、カナンの蹴りが頬をかすめ取る。
「ーーテメェ、俺のやり方を真似やがったな……!!」
「勝つためなら、敵の技だろうと使ってやるさっ!」
カナンは次々と木々から木々へと蹴り移動する。木を蹴った反動で別の木へ移動し、その勢いを失う前にまた別の木へ。縦横無尽に駆け回るカナンの姿を次第にリックは捉えきれなくなる。
「……ちぃ、めんどくせぇな。」
素早い動きで視界から外れるカナンに痺れを切らしたリックは舌打ちをすると、地面を一つ叩く。
(ーーもらった!!)
完璧にリックの死角に入ったカナンはその場の木に溜め込んだ力を込め、一気に放出する。木々を蹴り回った力はカナンの体を巡りブーストさせる。
死角からの、それも目にも止まらぬほどの速さの動き。通常の人間であれば反応する暇もないだろう。もしそれが、たとえ相手が戦い慣れしている者であろうと。
ーーー仕留めた。
そう思ったカナンの目の前で、リックの体に小さく魔力が迸る。魔力はやがてリックの背中に翼をつくる。
完璧なる死角、だった。こちらに気づいている様子はなかったはず。あと一歩で己の剣の間合いに入るその一瞬、途端に自分の体が鈍る。
「ーーーなっ………?」
確実に仕留めたと感じていたカナンは、その驚きを隠せないでいた。
まるで体が重くなったかのように、力が入らない。いや、これはまるで、体力が根こそぎ失ったかのようだ。
カナンは重たくなった身体を制し、膝を無理やり着かせバランスをとる。
「どうした?今のは当たっていれば俺といえど重症だったんだがな。」
膝を着く音でカナンの位置に気づいたリックはゆっくりと振り返る。
その顔は、言葉とは裏腹に最初からカナンの攻撃が当たらないと分かっていたようにも感じる。
「カナンさんっ!!」
助太刀に入ろうと璃々花はその場を駆けリックに近づく。
「っ、来ちゃダメだリリーっ!」
カナンは璃々花に警告をする。
ソレをくらったカナンは分かっていた。助けに入った所で璃々花の攻撃が届かないことを。
「だから、効かねぇって言ってんのによ。」
駆け出した璃々花の鉄棒が間合いに入った途端、カナンと同じように璃々花にとても強い脱力感が襲う。
「もう少し、戦況を見て突っ込みな。」
鉄棒を振りかざす璃々花の腕を掴んだリックは、勢いに任せて後方にいるカナンへと放り投げる。
「きゃっ!!」
「うわっ!!」
飛ばされた璃々花の体をカナンは何とかキャッチするも、その勢いを抑えきれず共に地面へと転がり落ちる。
「……なん、で。」
璃々花を起こしながら起き上がるカナンは、歯を食いしばりながらリックを見る。
「そんなに強いのなら……村、どころか、街ですら暗躍出来た筈だ……なのに、何でも村なんかに………」
小さな村でコソコソと盗みを働くにしては、それに似合わない圧倒的な強さを誇るリックにカナンは疑問を持つ。
「あたしが見てきた、冒険者たちの中でも、お前は、特に強い……!そんなお前が、村に、なんの執着があるんだっ!」
「……ふん。執着、ねぇ。」
カナンに問いかけられたリックは、木の影で隠れ怯えている少女を一瞥する。
「ーーおい、村の娘。お前、村の長の孫だってんなら、知ってるはずだろ。」
「…え、っ?」
威圧的を伴い放たれる問いに、少女はその体を強ばらせながらも、なんとか返事をする。
「無を有にする奇跡。その場にない物が作り出される奇跡。それがあの村にある。それがなんなのか、お前なら知っているだろう?」
「ーーー!そ、それが、あなたの目的…なの……!?」
隠し事を当てられたかのように、心当たりがある少女はリックの質問に質問を重ねる。
「そうだ。それが俺たちの求めるものだ。それさえあれば、村なんぞどうだっていい。道具なのか現象なのかは知らないが、出してくれりゃあこんな所、さっさと出てってやるよ。」
リックの問いかけに対する答えを、木々に隠れ戦闘を見ていた盗賊の仲間たちも待っていた。
璃々花たちは口を挟むことも出来ず、ただ少女の答えを待つ。
「………それは、無理……です。」
何とか喉から絞り出した声は、とても震えており恐怖で脅えていた。
だが、キッパリと否定する。
「…なんだと?」
拒否された答えに、リックの口から不満の声が上がる。
「…あの、違うんです…その、奇跡はあります。でも、使えないんです。」
「…使えないだと?ダラダラと言い訳は聞きたくはねぇ。理由を述べろ。」
歯切れの悪い答えをする少女に徐々にしびれを切らしてきたリックは、自分を制するように冷淡に問いを続ける。
意を決したように、少女は口を開く。
「…無を有にする奇跡。それは、私の魔法、だから。」
リックの問いに、少女が答える。
しかしそれはリックの思っていた回答ではなかった。的外れだったわけじゃない。考えたこともなかった答えだったからだ。
「魔法、だと…?」
あれだけの威圧感を出していたリックは驚愕の表情を浮かべ、そのオーラを揺るがす。
リックだけでは無い。傍観していた盗賊たち、そして魔法について詳しいフィリアでさえも驚きが隠せないでいた。
「…
驚愕の事実に一同は言葉を発せないでいた。
魔法とは、もはや奇跡そのもの。そんな奇跡の中でも"神がかった奇跡"というものがある。
(無を有に、造りたいものを創る。ほとんどの魔術師が何代にもわたって挑み敗れる、正に夢の魔法。そんなもの、神の領域に踏み入りますわよ……!?)
数多の魔法の知識を追求し、魔術に関しては一派を築いたティラエル家でも、その魔法は視野に入っていた。だが、無理だった。そんな魔法、人が扱うには無理があると、サリアが嘆いていたのをフィリアは覚えている。
「でも、無理なんです。使えないんです……」
少女の魔法を考察していると、少女本人は視線を下げ杖をギュッと握りしめながら、零すように言葉を綴る。
「使えない、とはどういう事だ。」
「上手く、使えなくて。思った物を思ったままに、創れないんです…!だから、多分、あなた達の期待は、応えられません…!」
色んな感情に襲われながらも、少女は力強く意志を提示する。
思わなかった返答に、リックは右手で顔を覆い考える。
「だから、お願いしますっ!あなた達の期待には応えられない!だからもう、村には手を出さないでっ!」
少女は杖を握る力を強め、目から大きな涙を流しながら訴える。
「……リック、どうする。」
盗賊の仲間が一人降りてくると、思考を巡らせるリックに促す。
「…創像……人の手に負えぬ魔法………か。」
仲間の声に反応したリックは一つ大きなため息をつくと顔から手を離し、鋭い目付きで少女を見る。
「ーーー行くぞ、テメェら。」
リックは璃々花たちに背を向けると、仲間に声をかけと森の奥へと去っていく。
「なっ、待てッーーー」
「ーーいいえ。待つのは貴方です、カナン。」
引き返すリックを追いかけようとしたカナンを、傍まで近づいていたフィリアが制する。
「先程の戦いで、私たちと敵との差は分かったはずです。追いかけたところで、返り討ちにあうだけですわ。」
「………くっ…!」
自分でも力の差を感じていたカナンは、フィリアの言葉を聞きその場に踏みとどまる。
「……っ。」
ドサッ、という音ともに力を振り絞り立っていた少女はその場へと座り込む。
「それに、2つの内の1つの依頼は、完了したみたいですし。」
フィリアは地面に座りカタカタと体を震わせる少女を見る。その場には璃々花が寄り添うように座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「……うん。あの、皆さんは一体…?」
「私たちはギルドから村を助けるために来たんです。……あなたは多分、ジニーさんのお孫さんのアルマちゃん、ですよね?」
怖がらせず落ち着かせるように、璃々花は優しく少女へと語りかける。
璃々花の雰囲気を感じとった少女ーーアルマは体から恐怖から強ばった力を抜く。
「おじいちゃんに、会ったの?」
「はい。あなたを探して欲しいって、言われましたから。」
「……そっか。私、何も言わないで来ちゃったから……」
「ーー君のおじいさん、凄い心配してたよ。見つかってよかったけどさ。」
フィリアに体を支えられながらカナンはこちらへと歩いてくる。
「……ごめんなさい。私のせいで、そんなにボロボロに……」
ボロボロになったカナンや璃々花の姿を見て、アルマは目に涙を浮かべ、立ち上がり謝罪をする。
「むっ。ボロボロじゃないよー。まだ負けてなんかないし。」
意地を張るカナンは、フィリアから離れると威張るように腰に手を当てる。
「……なーんて、意地張ったけど。流石にあんだけコテンパンにされたのはショックだなぁ。ここんところ一切、誰にも負けてなかったのに。」
「無理もありませんわ。あの盗賊、リックと呼ばれてましたわね。彼は私たち三人を同時に相手取っていながら、その数の差を苦とも思っていませんでした。私やリリカさんはまだ戦闘経験は浅いとはいえ、まるで遊ぶかのように戦っていた。それ程までに、彼は強かった。」
戦いになれていない璃々花はともかく、人並み以上に魔法の知識があり得意とする名家出身のフィリアや、旅をして戦闘経験のあるカナンでさえをも軽くあしらうその強さは、負けず嫌いなカナンでさえも認めるほどだ。
「フィリアさん、カナンさん。とりあえず村に戻りましょう。ジニーさんにも、アルマちゃんが見つかったって報告しないとですし。」
「えぇ。そうですわね。ここで色々考えるよりも、一度戻って整理しなければ。」
璃々花たちは来た方向がどっちだったかと周りを見渡す。かなり森の奥深くまで入り込み、更には先頭を行っていたため、どこから来たのかすら忘れてしまった。これは村へと帰りつくのも一苦労だろう。
「…皆さん、ごめんなさい。そして、ありがとうございます。私のために、こんな…」
そんな3人に申し訳なさそうにアルマが頭を下げる。
律儀で真面目な心優しい子なのだろう。それはこの数十分でも充分に分かった。
「…ふふっ、大丈夫ですよ、アルマちゃん。困った時はお互い様ですっ!」
「そうそう。助けてって言われたら、助けないと。」
「例えそれが依頼でなくとも、誰かを助けるのは当たり前ですわ。」
「皆さん……」
「なので、変に畏まらないでください。それに私だって、アルマちゃんに助けられましたし。」
「……うん。ありがとうございます、皆さん。」
怖がりずっと目に涙を浮かべていたアルマの表情がやっと笑顔に戻る。それを見て安心した3人は、アルマを連れて試行錯誤をしながら村へと帰るのだった。
花咲き少女の異世界日記 みくり @Miku-ri
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