椿と紫音 その2

魅了チャーム>の能力を持つ僕達吸血鬼からすれば、人間のコミュニケーション能力の優劣なんて、まったく考慮する必要さえない。


椿は、馴れ馴れしくされるのを苦痛に感じる相手を気遣うことができる。


その一方で、穏やかにコミュニケーションを取ってくる相手のことを闇雲に拒むこともない。そのあたりの分別をわきまえてる彼女を、僕は父親として誇りに思う。


ただ、この時、一緒に待ってる子供達の中に、酷く顔色の悪い子がいた。


その子の母親も一緒にいたけれど、ずっとスマホをいじっているだけで、自分の子供にはまったく注意を払っていなかった。


すると、椿が、


「大丈夫……?」


って青い顔をしていた子に声を掛けた。瞬間、声を掛けられた子が、突然、


「うえええーっっ!」


と嘔吐する。


「うわっ!?」


「きゃーっ!!」


「吐いた!?」


さすがにこれには、他の子達も声を上げてしまった。こうなるとその場は軽いパニックだ。


なのに、吐いた子の母親は、


「ちょっ! あんた、何したの!?」


自分の子供を気遣うんじゃなくて、椿の肩をいきなり掴んで怒声を浴びせる。椿が何かしたように思ったんだろう。


この態度に、僕の中にも強い感情がよぎる。


けれど、異変を感じて駆けつけた<地域見守り隊>とプリントされたベストを着た年配の女性が、


「あなた! そんなことよりこの子の心配しなさい!!」


椿の肩を掴んだ女性を叱責した。それと同時に、携帯電話を手にして、


「救急をお願いします。場所は……!」


手際よく救急要請を。


にも拘らず、吐いた子の母親は、


「ちょっと! 勝手なことしないでくれます!? 今日はこれから約束があるんです! 病院とか行ってる時間なんかないんです!!」


だって。


その言い草に、他の母親達だけじゃなく、子供達まで明らかに軽蔑の眼差しを向けたんだ。


僕と椿以外は。


僕は吸血鬼だから人間のそういうことについては関知しないように心掛けてるし。


そして椿は、軽々しく他人を軽蔑するのは良くないことを知ってくれているから。


しかも僕は、その母親の言った<約束>が何なのか、察していた。彼女は、夫と子供が留守の間、自身のパートの時間が来るまで、自宅に男性を招き入れてるんだ。


たぶん、それのことだろうね。何しろ僕の目には、彼女が手にしていたスマホの画面に、熱烈な愛のメッセージの羅列が見えてしまっていたし。


夫じゃない男性を家族が留守の間に招き入れてることについては、僕もたまたま見かけてしまっただけだった。それも、一度や二度じゃなく、ね。


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