椿と紫音 その1

僕が、その九戸辺くとべ紫音しおんのことをよく知るようになったきっかけは、椿つばきが学校に通うために集団登校の待ち合わせをしている時だった。


彼女が通っている学校は<集団登校>を採用していて、十人前後の小集団を作って登校することになってる。


「いってきま~す」


「いってらっしゃ~い」


僕もアオも、親として、いつも椿の様子をよく見るようにしてる。ここまでの様子は、特に問題はなかった。


椿は、学校で嫌なことがあると、こうして玄関を出る時に明らかにテンションが下がる。僕もアオも、普段の彼女をよく見てるからほんの僅かな変化も感じ取れる。


声の張り、表情、視線の動き、体の動き。


嫌なことがあると『学校に行きたくない』という心理が働くからか、明らかに動きが悪くなるんだ。


それを、僕やアオだけじゃなく、悠里ユーリ安和アンナも感じ取る。いつか、二人が<親>になった時、自分の子供のことがよく分かるように。


これも、大事なことだと思う。


こうして椿と一緒に玄関を出た僕は、気配を消して、集団登校のために子供達が集まる場所まで椿を送り届けた。


自宅から数十メートルの間でも事件に巻き込まれることもあるような世の中だからね。


すると、集合場所には、すでに何人かが集まってた。


「おはようございます」


椿がそう挨拶するけど、誰も彼女に対して挨拶しようとしない。でも、それが椿に対してだけじゃないのは、他の子が来てもやっぱり挨拶しないのを見れば分かる。だけど、特定の子同士では挨拶もして、親しげに話もし始める。


『親しい相手以外の他人とはなるべく関わりたくない』


子供自身がそう思ってるのが、すごく分かる光景だった。


『親しい相手以外の他人とはなるべく関わりたくない』


最近、人間によく見られる傾向だという気がする。


ただ僕は、それを必ずしも悪いことだとは思わない。親しくもない相手に無闇に馴れ馴れしくするのは、むしろトラブルの素だと思う。


椿つばきもそれが分かってるから、挨拶が返ってこなくても気にしない。自分が挨拶をした方がいいと思ってるからするだけで。


すると、


「おはよう、つーちゃん♡」


それが自分に掛けられた挨拶だと察して、椿は振り返って、


「おはよう♡」


と挨拶を返した。


よくうちに遊びに来る、<椿の友達>の一人だった。


その子の姿を見た途端、椿の表情も和らぐ。


確かに、見ず知らずの相手にでも積極的に話し掛けられる方が自分の世界を広げるには有利かもしれないし、それができる人はそうすればいいと思う。でも、世の中にはそれができる人ばかりじゃない。


それができる人が優れてて、できない人は劣ってるという考え方は危険だよ。


あくまで<適性の違い>でしかないから。


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