地球という惑星の歴史から見れば

ダヴィトから渡された分厚いファイルを、セルゲイは揺れる車内で読み始めた。


こんなことをしていると酔う人間もいるだろうけど、僕達吸血鬼にとっては普通はなんともない。人間には不可能な挙動をしても平衡感覚を失うことがない僕達吸血鬼ならね。


ただ、ファイルにまとめられた資料に目を通しているセルゲイの表情は、普段の彼からは想像もつかないくらいに険しいものだった。それだけ深刻な状況が記録されているということなんだろう。


だから、


「覚悟はしていたつもりだけれど、これは思っていた以上だね。産業革命以降の大変な状況を彷彿とさせるものだ……人間はどうして、過去の教訓から学ばないんだろう……」


と呟いてしまうのも無理はないのかもしれない。


「そうだ。だから俺達も、エコテロリスト達の気持ちが分かるような気がしてしまうというのは、正直言ってある。ここまで人間の愚かさを突きつけられてしまっては、『人間こそが<悪>であり、人間を排除することこそが地球のためだ!』と考えてしまう気持ちも理解できないわけじゃないんだ」


「そうね。私もダヴィトと同じ。だけど、もっと大局的にこの地球というものを見てみれば、人間による環境破壊すら、ほんの地表のごくごく一部分の出来事でしかないというのも事実なの。そして、地球という惑星の歴史から見れば、人間の歴史なんてそれこそほんの一瞬。たとえ人間が今の環境を破壊しつくして多くの生き物と共に大絶滅を起こしても、それさえ、過去に何度も起こってきた生物の大繁殖とそれに伴う環境の激変による大絶滅と同じことが起こっているだけと見ることもできる」


「 そうだ、だから俺達は、 人間に絶望しないことを心掛けている。 人間を<悪>と断じる者達には、 ここにいるミハエルやユーリやアンナのような幼い子供達さえ 傷付けること犠牲にすることを厭わない者さえいる。子供達にはなんの責任もないというのにだ」


「私達は、そんな連中と同じになってしまうことは嫌なの。私は子供ができない体だけど、だからといってそれを妬みたいとも思わない」


「ケテヴァンの言うとおりだ。それもあって俺達は、親を亡くした子供達、親と一緒にいられない子供達の里親にもなってきた。その子達も今は立派に育って、社会に貢献してくれている」


「ミハエルやユーリやアンナにも負けない、立派な子供達よ」


と、少し自慢げに語ってみせた。


だけど僕も、その気持ちは少し理解できるような気もする。今は僕も、悠里ユーリ安和アンナ椿つばきの<親>だからね。


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