アナスタシア

「このことでも分かるように、人間が一切の躊躇なく全力でことに当たれば、どんなに恐ろしいヒグマでも手も足も出ずに一方的に命を奪われる。商業的に利用したりすることを考えるからなるべく価値を下げないように捕えようとするけど、そういうことを考えなければそんなものなんだ。


他にも、費用などの理由で加減しているだけで、そういうものを一切考慮しなければ、人間が負けることはまずないよ。


人間の側に被害が出るのは、結局、<費用対効果>を人間自身が考えてて、その範囲内で守ろうとしているからだよ。完全に被害を出さないように守ろうと考えれば、できてしまうんだ。それなのに、<費用対効果>を理由に守りを加減しているから被害が出る。もしくは、経済的な理由で危険な動物の生息域に居住する。これは、人間の側の責任だと思わないか?


いずれにせよ、動物の側はただ生きることに全力を尽くしているだけだ。人間の都合なんて、彼らにとっては何の意味もない……」




優しいけれど、どこか悲し気な表情でセルゲイは語った。すると安和アンナが、


「じゃあ、アナスタシアは、その時に密猟者に捕まってた子熊?」


素直な疑問を投げ掛ける。けれどセルゲイは、


「いや、実はそうじゃなくてね。戦闘ヘリが放った機関砲の流れ弾が、近くにいた別のヒグマに当たってしまって。僕はそのことに気付いて、すぐさま保護に向かったんだ。それで保護されたのがアナスタシアだったんだ」


「……へ?」


「そっち……!?」


思いがけない展開に、安和と悠里ユーリが呆気に取られる。


そんな二人にセルゲイは続けて、


「アナスタシアは、まだ親の下から巣立ったばかりの若いヒグマだった。でも、怪我が酷く、その時点で危険な状態だった。そこで僕達はまた別にヘリを手配して、彼女を収容、治療のために設備の整った場所へと移動した。


そのおかげもあって、アナスタシアは、命はとりとめたけど、同時に、精神的にも大きなダメージを負ってしまって、彼女を熱心に治療してくれた人間達に完全に依存してしまったんだ。


傷が癒えた後、なんとか自然に戻そうと努力したものの彼女は怯えてしまってて。何か途轍もない恐ろしいものがタイガには潜んでると思ってしまったのかもしれない。実際にはそれは人間の手によるものだったんだけど、彼女には理解できなくてね。


仕方なく続けて彼女を保護することになったものの、当時は、保護施設にも動物園にも、成体のヒグマを保護するための空きがなくて、でもたまたま、サーカスの花形だったヒグマが引退することになって、人間に強く依存していたアナスタシアならもしかするとということで、引き取ってもらえることになったんだよ。


異例なことだったけどね」


と語ったのだった。


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