一方的な

「そのヒグマは、非常に狡猾で、慎重で、有能だった。それなりに場数を踏んでるであろう密猟者達に悟られることなく接近し、一瞬で二人を倒し、ようやく気付いた一人も反撃する暇さえ与えず、そして最後の一人は辛うじて銃を撃ったけど致命的なダメージは与えられず、一薙ぎで絶命した。


まったくもって一方的な蹂躙だった。時間にすれば十秒足らずのことだったと思う。


しかもそのヒグマは、密猟者の遺体の一つをくわえ、その場から猛然と逃げ去った。


残る三つの遺体には目もくれず、確実に一体を確保するために安全なところまで移動してからゆっくりと食べるつもりだったんだ。


その場で食べようとすれば僕達に邪魔されることを理解していたんだろうね。


本当に狡猾なヒグマだった。


リーダーは言った。『人間の味を覚えたヒグマはそのままにはしておけない。彼はもう人間を恐れない。人間がいると知れば近付いてくる。むしろ、人間の気配がするところから離れないだろう。残念だが、処理するしかない』と、そう決意した。そしてその場で軍に連絡を取り、部隊の派遣を要請した。


同時に、檻に捕えられた子熊の保護のための応援も要請。そしてチームは、そのまま、密猟者の遺体を持ち去ったヒグマの追跡に移った。位置を軍に通知し、確実に駆除するために。


<予防的な駆除>は認められないけど、そのヒグマは僕達の前で密猟者四人を殺害し、遺体を持ち去っているからね。実際に被害が出ている以上、<予防>には当たらない。


そして僕は、そのヒグマを補足していた。僕には分かってしまうから。だから追跡も容易だったよ。


軍は、僅か三十分で対戦車ヘリを寄越した。ヒグマ一頭相手に戦車さえ退ける戦闘ヘリは大袈裟なように思うかもしれないけど、実は、密猟者以外にも、過激な思想の下でヒグマの保護を訴える者達もいて、ヒグマを駆除するとなると、武力で抵抗してくることもあるんだ。


そんな者達が関わってこないように、秘密裏に迅速に対処する必要があった。特に今回は、位置も完全に補足している上に、人間が捕らえられてる。躊躇する理由がなかった。


僕は、無線で、ヒグマの位置を知らせた。するとヘリの方からも確認できた瞬間、『ヴーッ!』と機関砲の銃声が響いて、血と肉の焼けこげる匂いが僕にも届いてきた。血が飛び散るだけじゃなく、焼けた銃弾が肉を焦がしたんだ。


攻撃がやんだ後の光景も、僕には見えていた。ヒグマは、もう、ヒグマの形をしていなかったよ。そして、連れ去られた密猟者の遺体も、人間の形をしていなかった。もっとも、こちらは、ヒグマに食われたからだけどね」


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