緘口令

セルゲイの語った一件は、公にはされていないものだった。<エコテロリスト(環境保護動物愛護を理由として破壊活動を行うテロリスト)>と呼ばれる者達への対処も兼ねていたとはいえ、ヒグマ一頭を駆除するために対戦車ヘリまで動員したこともあり、政府が公表しないことを決めたんだそうだ。


もっとも、さすがに対戦車ヘリを完全に秘密裏には運用できないだろうから、軍事機密にはしながらもその中では<臨時の訓練>という扱いになっていると思う。


当然、セルゲイ達にも緘口令は敷かれたけど、僕達は吸血鬼だから、人間のルールには縛られないし、その辺りは悠里ユーリ安和アンナもわきまえてるから、話してくれたんだ。


「そっかあ……それで考えたら、よくここまで元気になれたねって話か……」


安和が感慨深げに呟いた。


確かに、こうやって動物に芸を仕込んでサーカスに出演させること自体を『動物虐待だ!』と批判する動きもあるらしい。なるほどその意見は理解できなくもない。いずれこういうのもなくなっていくべきものなのかもしれない。


ただ、その中でも、アナスタシアの場合は、他に引き取り手がなく、そのままでは殺処分するしかないかもしれない状態だったそうだ。せっかく助けたのに、人間側の都合で命を奪うしかなかったところで、たとえサーカスで芸を披露することになったとしても命を拾ったことは、幸運だったんだろうか。


でも、悠里が言う。


「だけどさ、これで本当に良かったのかな……? こんな<見世物>にされてまで生きることが幸せなのかな……?」


彼の疑問ももっともだ。僕も同じことを考えないわけじゃない。


けれどセルゲイは、


「正直、その答えは僕にも分からない。その一方で、こうしてアナスタシアを見ていると、少なくとも不幸を感じているとは思わない。大事にはされているそうだし、実際、彼女がサーカス側のスタッフに対して強い敵意を向けてる気配は感じない。彼女にとっては、こうやって人間と一緒に暮らしていることが幸せなんだろう。


僕は、それを確認するためにも、今回、ロシアに来たかったんだ」


そう語って、悠里も、


「そうか……アナスタシアがそれでいいのなら、いいのかな……」


と、完全に納得はできてないけれど、理解はしないといけないと思ってくれていた。それに対して安和は、


「あの子が幸せならいいんでしょ。きっと」


笑顔で言ったんだ。




だけどこの日、モスクワマスクヴァーから数千キロ離れた場所で、ヒグマの密猟者の拠点を<エコテロリスト>が襲撃、双方に多数の死者が出た上に、戦闘の際に使われた爆薬によって山火事が発生したという事件が起こっていたそうだ。


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