Москва́

こうして僕達は、国内線の飛行機でモスクワマスクヴァーへとやってきた。もっとも、僕や僕の両親やセルゲイは、見た目こそはいかにもな<ロシア人>風だけど、


『ロシアに住んでいたこともある』


というだけで、別に<ロシア国民>というわけじゃない。そもそも、僕が生まれたのは母と父が<アゼルバイジャン>に住んでいた時だし。


だから、<故郷>や<出身国>という感覚は、まるでない。そもそも人間じゃないから、


<人間の国に対する帰属意識>


もない。


中には、自分が気に入った国に対する帰属意識を見せる吸血鬼もいるけど、必ずしもそれは多数派じゃない。


だからモスクワに来たのも、ただの<観光>なんだ。


なので、定番中の定番。<赤の広場>へとやってくる。


「はへ~、これがあの有名な<赤の広場>か~」


セルゲイに抱かれた安和アンナが、感慨深そうに声を上げた。するとセルゲイが、


「<赤の広場>という名前から、<共産主義>を意味するものだと思われがちだけど、元々のニュアンスとしてはただ単に<美しい広場>って意味だったんだって。ロシア語で<赤>は<美しい>というニュアンスも持つそうだからね」


と注釈を入れる。


「へえ、そうなんだ」


悠里ユーリが感心したように声を。


「もっとも、僕達もそれについては伝聞で手に入れた知識だけどね。モスクワに住んでた時期はあっても、特に思い入れもないし」


微笑みながら応えたセルゲイに、


「そりゃまあ、吸血鬼だもんね。人間の作る国とかなんて関係ないない」


安和も呟く。さらに、


「私も<日本>は好きだけど、<国としての日本>が好きってわけじゃなくて、『<日本という地域の風土>が好き』ってだけだもんね」


とも。


「確かに。僕達は日本に住んでても日本の政治や行政とは関わらないから。戸籍もなければ住民票もない」


悠里も安和に続く。けれど、これに関しては、


「一応、吸血鬼の互助組織を通じて、外国人として<在留カード>は随時作ってるんだよ。年齢と見た目が嚙み合わなくなるから必要になる度に作り直すけど」


僕が補足説明を。


「そっか。そうじゃなきゃ、旅客機とかで出たり入ったりできないもんね」


自分達が普通に国際空港で旅客機に乗って日本を出立したことを思い出して安和が言った。これまでは気にしていなかったけど、さすがに年齢を重ねたことでその辺りについても考えるようになったようだ。


対して、アオと椿は、完全に日本人としての戸籍を持ってる。元々日本人として生まれたアオは当然として、椿つばきも<非嫡出子>としてではあるけど、出生届は出してあるから、法律上も<日本人>なんだ。


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