グム百貨店

アオと椿つばきがきちんと人間としての身分が確保されていれば、僕達吸血鬼やダンピールについては、特に大きな問題はない。その辺りは昔からだからね。


だからそれよりも、赤の広場にある<グム百貨店>で、まずは買い物をする。


「この<グム百貨店>は、百年以上の歴史を持つ百貨店で、ソ連時代に国営化されたりもしつつ存続し、一九九三年には再び民営化されたそうだ」


「へ~…!」


セルゲイに抱かれたまま説明を受けていた安和アンナが、感心しながら視線を巡らせていた。


建物自体、歴史的なものだから、日本の百貨店のイメージで見るとさすがに時の流れを感じさせる印象は受けるけど、あれは日本をはじめとしたごく一部の国のそれだからね。むしろあちらが『綺麗すぎる』んだ。だからグムは十分に綺麗なんだよ。ロシアの<顔>としての役目もあるから。国の威信を掛けて整備されてるし、ソ連時代でも、多くの商店が品物を揃えられなくても、ここだけは十分な品揃えを誇ったそうだし。


今では、そういう影も薄れて、ただただ百貨店として華やかさを演出してるけれど。


その中で、安和アンナは、やっぱりアクセサリーに関心があるようだった。


中学生の小遣いではおよそ買えないような<宝飾品>にも目を輝かせつつ、そちらは単なる<目の保養>として楽しむだけで、


「あ、これ可愛い♡」


実際に手にしたのは、おそらく若者向けのそれと思しきアクセサリーショップの店頭に並んでいた、中学生の小遣いのレベルではいささか大変だとしても頑張れば決して買えないレベルではない、猫を模したブローチだった。目に<デマントイドガーネット>が埋め込まれたものだ。


と言っても、非常に粒が小さく、カットした際に出た微小な破片、もしくは破損して廃棄されるはずだった石を再利用したものだというのは分かる。しかも、質としては必ずしも高くないからこの値段なんだろうというのも分かるものだった。


本物か偽物かは、宝石の知識はそれほど豊富でもない僕にも判別できる。宝石に似せただけのガラスとは光の屈折の仕方が違うんだ。


後は、宝石の種類として正しいかどうかだけど、さすがにそこまでは僕には分からないし、正直なところ、この値段だと、<デマントイドガーネットに似た他の宝石>だったとしてもそれほど気にすることじゃないだろうな。


「もしかしたら、本物じゃないかもしれないよ?」


僕はそう言うけど、安和は、


「あ~、いいのいいの、その辺は。デザインが気に入ったし、この緑色の目がなんともいい感じだから」


とご機嫌だった。


本人がそれでいいなら、僕が口出しすることじゃない。安和自身の小遣いで買うんだからね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る