回想録 その11 「互いに表に出さないように」
『男同士の話だよな』
僕を見ながらそう言う宗十郎に、母は、
「あら、妬ましい。私は仲間はずれってことね?」
少し口を尖らせつつそう言った。
「ははは、申し訳ない」
宗十郎も、すまなさそうに頭を掻きながら応える。
こういうやり取りは、僕の父との間ではなかったものだった。
父はこの種の<軽口>はあまり得意じゃなかったし。
だから母のそういう姿も、僕はそれまであまり見たことがなかったと思う。僕の前では、ちょっと子供っぽいところも見せる母だったけど。
でも、だからといって母が宗十郎に惹かれてるとか、そういう気配はなかったのかな。宗十郎も、母に想いを寄せているような様子はなかった。もしかするとお互いに表に出さないようにしていたのかもしれないけど、少なくとも僕に感じ取れるようなものじゃなかったな。
その一方で、宗十郎も一緒の暮らしが年単位になってくると、当然、違和感も生じてくる。
母がまったく変わらないのもそうだし、なにより、僕が少しも成長してる様子が見えないからだ。
宗十郎はそれについて敢えて触れてこなかったのを、母は、
「この子は、成長が止まってしまう病気なの」
と、僕達吸血鬼の間では定番のそれを用いて、彼に説明していた。彼も、
「そういう人もいるとは聞いたことがある」
とだけ応えて、それ以上は詮索してこなかった。
そんな僕達三人の暮らしは、本当に穏やかであたたかくて、その中で僕も、少しずつ宗十郎に心を許していった気がする。
シベリアの短い夏のある日、僕は宗十郎と一緒に<狩り>に出た。
<シェーヴェルヌィ・アリェーニ>、トナカイを狩るためだ。
人間の場合、銃を使った方が楽なんだろうけど、銃声を聞かれるわけにはいかないから、僕達は銃は使わない。宗十郎も事情は分かってくれている。
元より、僕と母だけなら、道具を使う必要さえない。吸血鬼としての身体能力があれば、素手で十分に狩れる。弓と矢を携えて出掛けるけど、ただの欺瞞工作だ。
これまでは、母も同行して弓と矢を使った狩りを教導してきたのを、いよいよ僕と宗十郎の二人だけで行うことにしたんだ。
右手は、親指、中指、薬指のみ。左手はそれこそ親指と人差し指しか残っていない宗十郎だったけど、しばらく練習するだけで完全に使いこなしてみせるようになった。
彼の卓越した才覚が窺える。失ったものをいかにして補うかを、彼は柔軟な発想で見付け出すんだ。
弓には、自身の左腕に固定するための添え木を取り付け、指はあくまで微調整を行うために使った。
右手も、普通なら中指と薬指じゃあまり力が入らないところを元々の身体能力の高さで補い、軽々と弓を引いて見せたのだった。
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