回想録 その10 「男同士の話」

宗十郎は、自分のことは話さないけれど、日本についてはすごくたくさん話してくれた。


「俺の祖父じいさんは、<的屋まとや>をやっててな。縁日があると必ず店を出してたんだ。<的屋まとや>ってのは、こう、客に弓と矢で的を狙わせて、見事、的のいいところに当たれば縁起物や銭をやるっていう遊びでな」


そう言いながら、宗十郎は弓を引く仕草をしてみせた。そして、続けて、


「今のこの手じゃ上手く弓を引けないだろうが、俺も、よく、祖父さんの的屋まとやで遊んでて、その辺の大人にゃ負けない腕前だったんだぜ。でさ、その的屋まとやに<矢取り女やとりめ>って呼ばれてる女性が務めててよ。的のいいところに矢が当たると、太鼓を打ちながら『おお~あたぁ~りぃ~!』って囃してくれるんだ。それがまたいい声で。


実は、その矢取り女の女性が俺が初めて惚れた相手だったんだ。今から思えば『すげえ美人』ってわけでもなかったんだが、なんとも言えねえ雰囲気を持った女性で、言い寄る男も多かったみたいだ。


ただ、小さかった頃は知らなかったんだが、矢取り女自身が、一番の賞品だったそうだ……」


そこまで言ったところで、宗十郎は少し寂しそうな表情になった。彼の話の流れで、僕も<矢取り女やとりめ>の役目も察してしまった。その上で、


「本当は、もうあの頃には禁止されてたそうなんだが、とは言っても、割と昔から続いてきたものだったそうだし、警察の目を盗んで祖父じいさんもそれを続けてたそうだ。


もっとも、祖父じいさんが亡くなったのを機に的屋まとやも廃業したけどな。彼女も、どっかの男のところに嫁いだと風の噂に聞いたよ……」


と、遠い目をした。すると、微妙な表情になった僕を見て、


「おっと、これはミハエルにはちょっと早かったかな」


苦笑いを浮かべた。子供に話すようなことじゃないと思ったんだろうな。僕自身、あまり愉快な話とは思えなかったし。


女性を賞品や景品として出す催し物はどこにでもあるけど、僕としてはそういうのは、正直、軽蔑してたというのもある。


そんな僕の心情を察したのか、宗十郎は、


「ミハエルは優しいな。これからの時代は、お前みたいな男が女にもてるようになるのかもしれない。まあ、そうでなくてもミハエルなら女の方がほっとかないだろうけどな」


と言って、大きく笑った。


でも、そう言う宗十郎も、まさに<快男児>という感じで、女性にはモテそうだったけどね。


そこに、<狩り>に出てた母が帰ってきて、


「なんだか楽しそうね。何の話?」


外にまで笑い声が聞こえてたことで、問い掛けてきた。


もっとも、吸血鬼である母の耳には、それまでの話も、聞こうと思えば聞こえてただろうけどね。


でも、宗十郎は、


「男同士の話だよな」


言いつつ僕の方を見て、ニカっと笑ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る