回想録 その9 「ペチカ」

『ここは人間が普通に住むには適さない場所だから、開発の手も入らない。人間も来ない。だからこそ、私達はここに居を構えたの。


ここまで言えば、分かるでしょう? 私達も、人間とは関わらないようにして暮らしているのよ』


母のその言葉に、宗十郎も、母と僕が『普通の人間じゃない』ことは察したみたいだった。


僕が、五歳くらいの子供にしては家のことをなんでもこなせるのについても、


「ミハエルは本当に利口だな」


とは言うものの、それ以上は詮索してこなかった。母と僕のことを詮索しようとすれば、自分のことも話さなきゃならなくなるだろうからね。


そして彼は、余計なことは口にせず、だけど明るくて気軽な感じで他愛ないおしゃべりをしながら、家の仕事を手伝ってくれた。


特に彼は、暖炉ペチカの掃除を積極的に引き受けてくれて。


しかも、母が大まかに説明しただけで手際よく掃除をこなしたんだ。


「あなた、ペチカを知ってるの?」


母の問い掛けに、


「ああ、家にペチカがあったからな。これとは少し違ってるが、まあ、構造そのものはそんなに大きな違いはない」


と応える。


それで、彼は家にペチカがあるような場所で住んでいた、もしくは働いていたことが分かる。


それから、屋根の雪下ろしも彼の仕事になった。


「無理をしなくていいのよ? あなたの体は以前のそれとは違うんだから」


気遣う母にも、彼は、


「心配ない。もう慣れたよ。最初からこういう体で、その使い方を少し忘れていただけだと考えれば、後は思い出すだけで済む。それほど不便でもない」


実際、彼自身が言うように、残った指だけで全体重を支えて屋根によじ登ったりと、ハンデをまったく感じさせない動きをしてみせた。


もっとも、彼に雪下ろしをしてもらわなくても、僕一人でもほんの数分でできたんだけどね。


吸血鬼としての能力を使えば。


とは言え、彼も、ただの人間としてはすごく上手くこなしていたと思う。


そうして彼が下した雪を、母と僕がどける。


その時にも、僕の手慣れた様子に、


「小さいのにすごいな。大人顔負けじゃないか」


顔をほころばせて言った。


「……」


この時点では僕も彼に気を許していなかったから、日本語がよく分かってなかったというのもあって、敢えて応えなかったりもしてたな。無意味で稚拙な振る舞いだったけど。


なのに彼は、そんな僕に苛立った様子も見せず。気さくでありながら強引に親しくなろうともせず、程よい距離を保とうとしてくれてたと思う。


だけど、それは同時に、『親しくなりすぎないように』してるとも言えるのかな。


無意識にそれをしていたのかもしれない。


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