回想録 その8 「岐路」
この時の僕はまだ、それこそ五歳になるかならないかという姿をしていたけど、それでも、宗十郎と大きく違わない年齢だったと思う。『思う』というのは、宗十郎の本当の年齢が分からなかったからだ。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
母は、この<日本人>を迎えたことで少し気分が高揚してたみたいだし、僕も、明るくなった母を見ているとなんだか嬉しかった。
当時、父は、<研究>のために僕達とは別行動をしていて、父がそういう性分だと分かっていても、母は寂しかったみたいなんだ。
僕は、父のそういうところが、正直、あまり好きじゃなかった。自分の研究のためとなれば母や僕を放り出して行ってしまうところがね。
幸い、エンディミオンの父親ほど非道なことはしなかったとはいえ、いい気分でないことは事実。
だから僕は、
幸い僕には、吸血鬼独自のルートで得た情報を基にした金融資産の運用益という形で、家族を養えるだけの収入もあることで、時間にも余裕があるし。
なにより、悠里や
ある意味では、これも<研究>かな。
それは余談だけど、この頃の僕自身の経験が今の判断に繋がっているのも事実なんだ。
宗十郎との出逢いも、僕にとっては岐路になったと思う。
こうして始まった母と僕と宗十郎の三人の暮らしは、楽しいものだった。
もちろん、最初は僕も彼のことを警戒していたから、万が一のことがあったら容赦しないつもりだったけど、彼はとても誠実で、穏やかで、ユーモアを解す人間だった。
手足の指の何本かを失ったことさえ、『まったく気にしていない』とまでは言わないにしても、
『なってしまったものは受け入れるしかない』
と考えられる度量もあった。
そして、母の献身的な看護もあり、一週間もすれば日常生活なら支障なく送れるほどに回復。
「命を救ってくださった恩義に報いなければ」
と、家のことを手伝うようになっていた。
ただ、その前には、
「俺がここにいると、あなた方にご迷惑が掛かるのでは?」
そう言って、敢えてソ連軍に出頭し、捕虜として捕えられることを申し出たりもしたけれど、それに対して母は、
「心配ないわ。ここは人間が普通に住むには適さない場所だから、開発の手も入らない。人間も来ない。だからこそ、私達はここに居を構えたの。
ここまで言えば、分かるでしょう? 私達も、人間とは関わらないようにして暮らしているのよ」
笑顔で彼に告げた。
「なるほど……」
宗十郎も、それ以上は詮索しなかった。そんな彼だったから、きっと、上手くいったんだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます