回想録 その12 「意識」

「……」


トナカイの姿を見付け、宗十郎の体にピリッとしたものが満ちるのが僕にも分かった。彼の全神経が、弓と矢と、それによって狙いを付けたトナカイに集中するのが目に見えるようだ。


キーンと張り詰めた彼の姿は、弓と矢そのものに変化したようにさえ錯覚させられる。もうそれだけで彼の能力が大変なレベルにあることが察せられるだろう。


けれど、トナカイの方も、ただ狩られるだけじゃなかった。張り詰めながらも同時に<殺気>は感じさせなかったにも拘らず、トナカイも何かを察したのか、こちらを向いた。


でも、逃げる様子はない。まだ危険までは察知していないのかもしれない。あくまで何かの気配を感じ取り、今、それがなんであるかを確かめようとしているのかも。


「……」


宗十郎は動かない。今、矢を放てば、それを察知されて、届く前に身を躱されてしまうかもしれない。だから、彼は待っているんだ。トナカイが再び意識を逸らすのを。自分が察知したものが気の所為だったと、なにも危険なものではなかったと考えて、餌である苔に意識を向けるのを。


僕ももちろん、気配を消している。けれど、人間でしかないはずの宗十郎も、まるで木にでもなってしまったかのように、姿は見えているのに気配が感じ取れない。


『彼は本当に人間なのだろうか……?』


あまりの見事さに僕がそんな風に思ってしまったその瞬間、トナカイの意識が逸れた。視線を落とし、苔の方を見て、頭を下げる。


すると、やはり何の気配も発しないまま、何かに引っかかっていた木の枝が、僅かな風が吹いたはずみで外れて跳ねるかのように、矢が放たれていた。


『矢を放つ』


という意識はそこにはなかった。宗十郎の体が、勝手にその時を見極めて、矢を放っていたんだ。


「!?」


再びトナカイが頭を上げようとした時には、もう手遅れだった。前足の付け根付近から分厚い脂肪を突き抜けて体の奥深くへともぐりこんだ矢は、トナカイの心臓を確実に捉えていた。


異変に気付いて逃げようとした体は、でも逃げるためには動かなかった。その場にもんどりうって倒れて、混乱したように無意味で無秩序な動きをするだけだった。


確実な致命傷に、脳が正確な信号を出せなかったんだろう。何とか生き延びようと活路を探ろうとするものの、もう、どうすることもできなかった。


それでもなお生きようともがくけれど、それすらすぐに力を失っていく。


そしてついに、ビクビクと痙攣するだけになった。


すると、さらに矢が、目を射抜く。眼窩をくぐって脳へと達し、トナカイの命を終わらせたのだった。


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