大会当日

楽しい食事を終えられて、美千穂はとても満足気な表情をしていた。


「大会は次の日曜日なんです。会場は、二ブロック先の公園内の野外ステージで、予選は午前十時から。予選は早食い方式で、本番は大食いです。


さっきも言いましたけどテレビも来ますから、結構、賑やかな大会だそうですよ」


遠足を楽しみにしている子供のように興奮しながら、美千穂は言う。


「はい、分かりました。私達も応援に行きますね」


午前十時からとなると紫外線対策はしっかりしないといけないものの、夜明け頃に寝れば睡眠は問題ない。


「おねえちゃん、がんばってね!」


ヴァレリー(悠里ユーリ)とアンゲリーナ(安和アンナ)も、声を揃えてそう言った。


そんなアンゲリーナ(安和)の様子に、


『良かった。機嫌直してくれたんだ』


美千穂もホッとしてたのだった。




こうして、美千穂がエントリーしたハンバーガーの大食い大会までの間に、セルゲイと悠里ユーリは昆虫の観察を集中して行った。


当然のことながらジャカルタとは違う自然に、悠里は感動さえ覚えていた。


観察は大きな問題もなく順調だった。資料も集まっていく。


だからすごく楽しかった。


すると時間はあっという間に過ぎ、いよいよ美千穂が参加する大会当日。


この日もセルゲイと悠里は明け方まで観察を続け、ホテルへと戻る。


「…?」


けれどその途中、悠里を抱いて宙を舞うように跳んでいたセルゲイは、道路の端にとまっている一台の自動車に目を止めた。


「……」


悠里を抱いたまま近くのビルの屋上に降り立ち、改めてその自動車を見る。


路上駐車自体は別に珍しいことでもなんでもなかったけれど、ただの路上駐車ではないのが見て取れた。車体が僅かに沈み込んでいる。人が乗っている状態だった。


そして、エンジンは切られているのに僅かに揺れている。中の人間が身を捩るか何かしてそれで揺れているのだろう。


それでいて、さほど体重の違わない人間が四人、それぞれのシートに座っている時の、均等な沈み込み方。


前だけや後ろだけ、または右だけ左だけに乗っている場合はこうはならない。


その点から見ても、


『他人に聞かれたくない話を自動車の中でしている』


時の感じだとでも言えばいいだろうか。


中で薬物でもやっている可能性もあるものの、その場合はもう少し中の人間のテンションが伝わってくることも多い。特に、アッパー系のそれならもっと騒がしい印象になる。かと言ってダウナー系の薬物のそれとも違う印象。


いずれにせよ、吸血鬼としての超感覚が、何とも言えない胸騒ぎを伝えてくる。


「セルゲイ…?」


さすがにまだ幼い悠里にはセルゲイほどの勘は働かなかったらしく、彼が何かを感じ取っているのは察していても、それが何かまでは分からなくて少し戸惑っている。


「ちょっと待ってね」


セルゲイは諭すように悠里に言って、それから意識を集中した。


「……」


さりとて、現時点で何か悪さをしているようにも見えないので、


「不審な自動車がとまっている。場所は……」


とスマホで警察に情報提供しただけだった。


「悪い奴らが乗ってるの…?」


セルゲイの腕に抱かれながらその自動車を見ていた悠里もさすがにそう感じたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る