さすがにあれだけでは

セルゲイが警察に通報して十分後。ようやくパトカーが一台。パトライトを点けただけの状態で現れた。あまり真剣にとりあっていなかったものの、たまたま近くを通りがかったパトカーがいたことで念の為に様子を見に来たという感じだろうか。


しかし、サイレンまでは鳴らしてなかったとはいえパトライトを点けて走ってきたことで何百メートルも先からでもパトカーだと分かる状態だったこともあってか、<不審な自動車>は、パトカーが十分に接近する前にエンジンをかけてライトを点灯させ、まるで用事が済んだから普通に走り出したという風に、慌てるでもなくスピードを上げるでもなく、静かと言えばあまりにも静かにその場から立ち去ってしまった。


その様子に、パトカーに乗っていた警官はさほど不自然さも感じなかったのだろう。追跡しようともせずにゆっくりと自動車が停車していた辺りを通り過ぎた。


例の自動車は完全に見えなくなっている。


「……」


セルゲイとしても期待はしていなかったし、あからさまに慌てて逃げるように走り去ったのならともかく、現にそうは見えなかったのだからそのパトカーの対応も仕方なかったと言えば仕方なかったと感じる。


「逃げちゃったけど、いいの…?」


悠里ユーリが問い掛けると、セルゲイは、


「さすがにあれだけでは捕まえることもできないからね」


少し残念そうにはしながらも、そう告げた。


「じゃあ、帰ろうか」


言いつつ悠里を抱き上げ、夜が明け始めた中を再びホテルに向けて跳ぶ。




「ただいま」


ホテルに着くと、何事もなかったかのようにセルゲイも悠里も穏やかな様子で部屋に戻ってきた。


でも、不審な自動車を見掛けたことについては、セルゲイがミハエルに話す。


「正直、引っかかるものは感じた。取り敢えずテロの標的になりそうな行事などはこの近くでは行われていないから思い過ごしだとは感じるけど、念の為にね」


それを受けてミハエルも、


「うん。分かった。僕も少し気を付けるようにするよ」


と応える。


さりとてそれ以上することもないので、美千穂との約束のために皆で休むことにする。


美千穂は予選三組目だそうなので、開始と同時に出番があるわけではない。十時少し前に会場に入ればいいだろうと考えた。


「楽しみだね」


悠里が話しかけると、


「まあね」


若干の素っ気なさはありつつも安和アンナも応えてくれた。美千穂がセルゲイに好意を抱いてるらしいということでまだ少しばかりわだかまりを抱いてるらしい。


とは言え、顔も見たくないと思っているわけでもなかったので、愛想はよくできなかったものの行く気にはなってくれてたのだった。


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