これ以上ない<実例>

一連の家族のやり取りを、ミハエルは目を細めて見守っていた。


このあたたかい家族の姿に、ミハエル自身が癒されていた。


彼はもはや三桁にも届こうかという年齢ではあったものの、たくさんの人生経験を積み、その辺りの人間の<大人>など鼻で笑ってしまえるほどの厚みをもった人格者であるものの、それでも吸血鬼としてはまだまだ<子供>と言える年齢で、未熟なところもあると言えた。


だからこうやってあたたかな家族の団欒の中で精神的に満たされる必要がある。


そうして満たされていないと、やはり吸血鬼としての<闇>は、上手く制御できなくなる危険性もあるものだった。


悠里ユーリに対して説いていたことは、ミハエル自身に対して言い聞かせているものでもある。いくつになってもそうして言い聞かせ続けないといけない。でないとついついそれを忘れて、思い上がってしまう。


吸血鬼は実際に人間より遥かに強靭で高い能力を持った生命体であり、その気になりさえすれば人間をたやすく滅ぼすこともできてしまうが故に。


言い伝えとして残っている<吸血鬼の弱点>は、ほとんどが眉唾物でしかない。


あれこれ試して何とか倒せた時にしたことの一つでしかないのが事実だった。なので、実際には複合的な要因で倒せたにも拘らず、それぞれが一人歩きしているだけである。


『心臓に杭を打つ』


というのもそれだった。


確かに吸血鬼と言えど心臓を破壊されればダメージは大きい。しかしそれだけではいずれ回復されてしまう。諸々やったことで弱ったところにとどめとしてそうしたから倒せただけに過ぎなかった。


『十字架に弱い』


というのも、十字架そのものに弱いわけではなく、狂信的な人間の行動には辟易していて、十字架はその象徴なのでいい気はしないという程度のものでしかない。


かつては、狂信が行き過ぎてほぼほぼ人間をやめてしまっている者さえいたが、実はそれも、<ダンピール>がその事実を隠して吸血鬼退治をしていたのが真実だったりする。


今現在は、それらのこともかなり改善されてきている。


<ダンピール問題>はいまだ完全な解決に至っていないものの、悠里と安和アンナというこれ以上ない<実例>がある以上、それを認めないのは人間の狂信と同じと言えるかもしれない。


また、悠里と安和のように生まれた時から幸せに暮らせていることでダンピールとしての攻撃性を抑えることに成功しているのとは別に、


<ダンピールらしい、吸血鬼に対する激しい憎悪>


を滾らせた幼少期を送ってきたものの、現在ではその制御に成功している事例もある。


それについては今後機会があれば改めて触れることになるだろう。


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