第14話 戦いが終わり 薄闇の中へ


 ズォオオオオオン


 地響きのような音を立て、モウルドだったものは、塵と砕け、天の施しに覆われた。悟蘭が腹を刺された時、九分九厘勝敗は決し、敗れたと思わされた魔鬼モウルドもあっけなく塵となった。

 どうやら邪悪な気は感じられない。再生はなさそうだ。


 毒兵どもの呻き声が止んだ。モウルドの命令が無くなった今、オレ達を襲う意思も消えている。毒兵どもは呆然と立ち尽くしたまま、ゆっくりと黒い霧が薄まっていく。


「悟蘭、やった……ね」

「やった!オレ達三人で魔鬼を倒したんだ!」


 星那が声を掛けた。オレも続いた。

 けれど、悟蘭は何も答えず、毒兵達を眺めている。

 悟蘭が、魔王ディケイ軍との決戦へと出陣する王軍に加わらなかった理由、それが魔鬼モウルドを倒すためだったことを星那は知っている。

 きっとモウルドは王軍を背後から襲い、王軍を混乱の中で崩していくことが悟蘭には痛いほど分かっていた。それだけに、単身でもモウルドと戦う積もりで彼はいた。口には出さずとも、悟蘭の鍛え大切にしていた兵たちのカタキを討つという一念が彼を突き動かしていた。

 だが、悟蘭の眉には深い皺がよっている。

 

 香輝は、『天の施し』に覆われた土塊にしか見えないモウルドが生き返らないかとなおも注視していた。

 が、その気配がないと感じとると岩に腰を下ろした。

 朝、この世界に降り立ったばかりなのに既に一つの大きな戦いを終えた。勝利は転がってきたが、一日も経たぬ内の様々なことで、心が混乱し、体も疲れ果てている。


 空はうっすらとオレンジ色に染まり始めている。先刻まで死に急いでいるようにすら見えた悟蘭は、まだ立ったまま、ぼうっと毒兵たちを見続けている。


「そうだ」


 星那は、先ほど倒したマゴットを見に行った。モウルドが塵と化したのなら、マゴットが、倒れ、地に伏したまま、体を残しているのが気になった。


 あいつは本当に息絶えているのか?


 マゴットは、羽が破れ、先刻と変わらぬ姿で地面にうつ伏していた。考えすぎか、やはり死んでいたか?

 鋼と化したアカザの杖を構え、星那は油断無く近づく。


「念には念を」


 杖で胴体を突き刺した。体を貫いた瞬間、マゴットの背中が割れた。まるで蛇の脱皮か昆虫がサナギから孵化ウカしたみたいだった。

 四分の一ほどの大きさになったマゴットが空中にいた。


「まさかモウルド様を倒すとは。敵ながらやりますねえ。

 私は、ディケイ様に報告します。それじゃ、近いうちに」

「させるか」


 飛び去ろうとするマゴットへ星那は、空気の鋸を飛ばそうとした。だが、その瞬間、強烈な臭いを放つ気体をマゴットが口から放った。

 悪臭に目が塞がれ、当たらない。

 あっという間にマゴットは飛び去っていった。


「スカンクみたいな奴だ」

「星那さん、大丈夫ですか」

「油断した。目をやられた」


 異変に気づいた香輝が駆けつけた時には、星那は膝をついて、目に手を当てていた。


「レタブリッスモン」


 香輝が唱え、細い光が星那を照らした。


「香輝くん、済まないね。二度も世話になった」

「何言ってるんですか。オレ達、仲間じゃないですか」

「……そうだな。確かに三人のチームになった」


 星那がニコリとしながら香輝を見た。


「悟蘭はどうしてる」

「それが、相変わらず毒兵どもを見ているだけで」

「うん、そうか。

 悟蘭はモウルドを倒すことが本懐だった。

 だが、それを遂げた今は逆に辛いのだろう。悟蘭の兵達は、モウルドに殺されるか、毒兵に堕ちたからな」


 二人が戻ってみると、ようやく黄昏色に染まり始めた空の下、悟蘭は、まだ立ったまま、ぼうっと毒兵たちを見ていた。


「悟蘭、涙なんか似合わんぞ」


 星那が明るい調子で声を掛けた。悟蘭の頬には涙が伝った跡があった。


「すまんな。儂はどうも甘いことを考えていた」

「甘いこと?」

「ああ、モウルドを倒せば毒兵どもが人に戻るのではないかと思っていた……。

 だが、いくら待っても呆けた毒兵のままだ。

 己の甘さに、涙がこぼれた」

「あまり自分を責めるな」

「オレのレタブリッスモンで毒兵を」


 星那が香輝を見た。


「一人二人なら、なんとかなるかもしれない。でもね、この数だ。君の治癒力はあっという間に枯渇する。何十日とやっても終わらないかもしれない」

「たしかに、さっきオレの治癒が一番遅かった」

「だけど、ここにじっとしている余裕はアタシ等にはない。

 毒兵どもには気の毒だが、ファーメントが生き残ったら、それからのこととしよう。

 とりあえず先に進むよ」

「見苦しいところを見せた。

 戦いの傷はどうにか癒えたが、疲労の方はそうはいかん。この先にちょっと良い宿がある。今夜はそこへやっかいになろう。旨い物を食って鋭気を養う」

「宿屋ですか、温泉もありますかね」

「おお、あるぞ。名湯として知られておる」

「そいつは嬉しい。オレ、体中から異臭が出ているみたいで、さっぱりしたかったんですよ」

「アタシも淑女として同意する」

「やっぱりでしたか」


 空の暮色も色を失い始め、向こう側の真の闇と見分けが曖昧になった。

香輝の異世界一日目がようやく暮れようとしている。

 驢馬に揺られた三人の姿が、薄闇の中へ消えていく。


           完



* お読みいただいた皆様、ありがとうございました。

 香輝、悟蘭、星那の戦いは続きますが、敵が他の魔鬼、そして魔王へとかわり、香輝も成長した中で、タイトルも違う話として載せたいと考えています。

 皆様にお届けできる日まで、暫しのご猶予をいただきます。

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滅びかけた世界なれば 藁のごとき勇者 納豆にまみれ戦わん! 立 青 @sakataro

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