第13話  決戦 人々の無念を込める! 

 まだ夕刻ではないのに、既に日が没したように暗い。その中、墨を流したように一際黒々とした場所がある。

 黒々とした場所には、小さな半球があり、三人の人影がうっすらと見える。小柄な男は血を流し虫の息、女は体中に傷を受けながら、半球の外を睨んでいる。そして、若い男は、体中に黒っぽい斑紋ハンモンが浮かび、苦痛に身悶ミモダえている。

 半球の外には、身の丈三メートルほどの異形の者が立っている。そいつは、気持ちの悪い高笑いをしている。


 その高笑いが響く深い闇の底へと、すっと一条の光が降りてきた。

雲間から漏れる天使の階段のような光は、静かに半球を照らす。

 死にかけた男を。

 傷だらけの女を。

 斑紋を浮かべ苦しむ男を。

 その光景を見ながら、異形の者が憤怒の色を顔に浮かべる。




『そうだ。毒兵になれば、苦しみから救われ……』


死を覚悟し、体全体が悲鳴を上げる中、オレの頭には、モウルドの声と共にもう一つの声が聞こえていた。


「香輝様、『レタブリッスモン』とお唱えください。貴方に勇者の資格があるなら、未来を切り開くために言葉は力を持ちます」


 忌々しいモウルドの声が響く中、小さいがはっきりとした妙声鳥の声、そして、オレの口が動き叫んだ。


「レタブリッスモン!!!」


 すると五月の陽光を思わせる光が、半球を照らし、三人は天を振り仰いだ。


 最初に星那さんの傷が消え、次に息も絶え絶えになっていた悟蘭、その腹の傷が癒え、最後に、オレの黒い斑紋が消えた。

 ハーブ……、タイムの香りを嗅いだような清々しさが体の疲労を癒やしていく。


「おう、香輝、新米勇者かと思ったら、本当は治癒士だったか。

 助かったぞ」

「そうか、香輝くん、君の進む道はそっちだったか。見事な治癒魔法じゃない。

 これからアタシのエステも頼むね」

「違うっス。勇者っス」

 

 回復した途端、礼がわりに二人はオレにからかいの言葉をよこした。

 だが、悪い気はしない。

 オレは、治癒士として召喚されてはいない。毒兵の群れに突っ込んでからというもの、ずっとオレは『勇者とは』という問いを自分に突きつけていた。


 そして、毒霧に死が迫った時に、問いの答えを見つけたような気がした。


 ひ弱で潔癖症で平均的な日本の青年のオレを今も引きずっているが、召喚されるということは、それらを捨て去ることなのだとおぼろげながら理解した。


「勇者の証拠に、起死回生の作戦を」

「何だ。ここから尻尾を巻いてトンズラする作戦か。聞く気はないぞ」

「じゃ無くてスね、これで行きましょうよ。

 このままじゃ、魔鬼モウルドにやられちまう。

 だが、オレ達には逆転の手がある」


 オレはごく簡単に作戦を伝えた。この短い戦いの間に、オレの考えを聞く耳を二人は持ってくれたのを感じる。


「レタブリッスモンの後じゃあ、香輝の言うことを聞くしかあるまい」

「じゃあ、風のバリアーを外すよ」

「頼みます!」 


 十体ほどの毒兵に、風を遮るための巨大な板を運ばせようとしていたモウルドが気づいた。


「ゲヘッ、自分から風を止めるとは、観念したか、グエエエエエ……」


その瞬間、空中の黒い霧が滝のように下に流れ、モウルドの体がひしゃげるように地面に這いつくばった。


「上から強烈な風で押しつぶした。今だよ!」


星那さんが叫び、悟蘭が右腕を振るう。

 無数の針が飛んでいき、立ち上がろうとしたモウルドに容赦なく突き刺さっていく。


「針ゴキブリの完成だ!」

「こんなもんで儂を倒せるとでも思っているか……」


 針山となったモウルドは立ち上がり、血を吹き出しながら、体中に刺さった針を払おうとする。


「何本刺さろうと、たかが針ごときで倒されるものか」


 さあ、ここだ!


「グローイング!

 グローイング!

 グローイング!

 グローイング!

 グローイ ン グ……」


オレの呪文にモウルドの体が膨れ上がっていく。


「若造、何をして」


「グロー イ ン グ!


 グロー イ ン  グ!


 グ ロ ー イ  ン  グ……」


悟蘭の針の先につけた『天の施し』、それがモウルドの体の中で増殖していく。オレは、必死で呪文を唱え続けた。膨れた体が崩れ始める。


「こんな、こんなことぐらいで、このモウルド様がああ……」


 ウオオオオッ!


喚くモウルドに向かって、悟蘭が走る。

 『天の施し』が刃先に塗られた巨大な斧が振りかぶられる。


「お前のようなちっぽけな奴に…この吾が」

「人々の無念を込める!」


悟蘭が跳ね上がる。モウルドが邪剣で防ごうとする。

 が、それを打ち砕き、悟蘭の斧が上から下まで、薪でも叩き割るように振り下ろした。

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