第12話  決戦 ここが正念場

「すぐに決着をつけてやる。覚悟しろ!モウルド」 


悟蘭の手には既に斧はない。代わりに顔ほどもある大きさの四角い物が右腕に付いている。指をかけるための皮ひも、それを握っている。


「なんだそりゃあ。ゲヘッ、手品でもやる積もりか?」


 ヒュンッ!


 モウルドがからかいの声を上げるのと悟蘭の右手がヒュンッと動くのが同時だった。腕は右から左へなぎ払うように動いた。

 瞬間、モウルドは三メートルほど横に移動したが、その胴体に二本の針が刺さり、血が流れている。五寸釘よりも長い針だった。

 モウルドの醜い顔が苦痛に歪んだ。


「痛えな。生意気に刺さりやがる。なんだこりゃ」

「ドワーフ特製針を十本ほど飛ばした。頑丈なお前の体にも突き刺さるようだな」

「だがなあ、刺さろうと、ゲヘッ、これぐらいじゃ、なんてことはねえ」

「そうかあ。この中には数百の針が納まっている。お前をハリゴキブリにしてやる!」


 モウルドの姿が消え、次の瞬間、悟蘭の肩口に斬りつけていた。悟蘭は左手、短刀で受けるが、押され、左肩に血が滲む。


「ドワーフ、お前が幾ら針を飛ばそうと、吾が動き回れば、お前には捉えきれまい。こうして少しずつ切り刻んでやる。

 どんどんと時間は経っていく。実に楽しい。

 嬉しいことにお前等には、治癒能力を持った奴がいなさそうだ。お前はナマスになり、若造は毒兵に堕ち、女はマゲットにやられる。

 ゲェヘヘヘヘ」


 次の瞬間には、モウルドは十メートルほども離れた場所にいる。そこへ目掛け、悟蘭の腕が振られた。突き刺さった針が三本になった。だが、次にはもうモウルドが攻撃している。

 繰り返されれば悟蘭に分が悪い。それは明らかだった。


『苦しさから逃れたいだろう』


 体の痛みが増すほどに、不快な声が鳴り響いてくる。


『これから痛みはひどくなり、あっという間に体はび腐っていく。

 そりゃあ、苦しいぞ。生きながら腐るんだから』


痛みは、今のところまだ耐えられる。だが、この不快な声が心も蝕ばんでいく。何度も何度も同じ言葉が頭の中で響く。


 このまま毒兵に堕ちるのか?

 勇者が毒兵になるというのか?


 腰の袋が手に触れる。腰の袋には天の施しの付いた木の実や食い物が入っている。それを握り、口へ運ぶ。苦手な臭いのはずが、たまらなく良い匂いに感じる。喉に流し込む。

天の施しが体に染み渡っていくのを感じる。頭の中の声が、小さくなっていく。


「こいつを…、食ってれば、なんとか…、なるかも…な」


 モウルドは毒兵に落ちかけているオレに目もくれない。悟蘭は必死で闘っているが、見てる間にも血まみれになっていくのが分かる。

 星那さんは?

空中で魔物と闘っている。黒い網目の羽、巨大な金蝿みたいな奴だ。空中を激しく動き回っているが、星那さんが押しているように見える。


『香輝くん、悟蘭の力になるんだよ』


 さっきの言葉を思い出す。


「グローイング」


はっきりと呪文を唱える。

 握った木の実がドンドンと増えていく。こぼれるほどになったところで、思いっきりばら撒く。


「グローイングッ!」


 さらに強く唱える。ばら撒かれた木の実が増殖を始める。


「グローイングッ!!グローイングッ!!グローイングッ!!グローイングッ!グローイングッ!!!……」


辺り一面が木の実で埋め尽くされる。ネバネバした茶色い地面と化した。


「何をしやがる?死に損ないが!」


モウルドが虚を突かれたような表情をした。

 茶色い地面が広がるほどにモウルドの動きが遅くなった。


 明らかに効いている。


「どうした、自慢の移動ができなくなったか」


悟蘭が連続して針を飛ばす。面白いように当たる。針が刺さり、貫いていく。その攻撃にモウルドは何もできず、立っている。


「針ゴキブリにしちまえ!いいぞ、悟蘭!」


 ヴェエエエエエエ……


 だが、その時モウルドが大きな口を開け、闇のようなドップリ黒い胞子を吐き始めた。


 ヴェエエエエエエ……


香輝が増殖させた天の施しが、あっけなく埋もれ消えていく。


 モウルドの姿が消え、次の瞬間、悟蘭に接近していた。邪剣が悟蘭の鎧を突き破り、腹をズブリ貫いている。


「散々やってくれたな。これは礼だ」

「不覚……」


 腹を刺されながらも、悟蘭はでかい目でモウルドを睨んでいる。カビ臭い空気の中を血の臭いが漂っていく。


「ドワーフ、お前の仲間もすぐに殺してやるぞ……。とどめだ!」


 モウルドは剣を腹から引き抜き、一刀両断にしようと振り上げる。頂点に達した邪険が、一瞬止まり、振り下ろされる。

 が、その瞬間、モウルドが後ろに吹き飛ばされる!!!


 風だ。


「すまんね。マゴットに手間取った」


 星那さんが悟蘭の隣に降り立った。オレも駆け寄る。そのオレ達にモウルドがゆっくりと近づいてくる。


「こりゃあ、まとめて始末される積もりか。ゲヘッ、面倒が省け」 


 ギャアアッ!


近づこうとしたモウルドの右手が吹っ飛んでいた。


「回りに超高速で流れる風の壁をつくった。

 いいかい、ここが、正念場だよ。悟蘭、とりあえず止血だ。ひどいな」


 そういう星那さんの顔にも、腕にも傷が見える。マゴットの爪に体のあちこちをやられているに違いなかった。


 ドサッ

モウルドが毒兵を一体、放り投げた。風の壁に当たった毒兵が粉々に砕け散る。その塵となった体が半球を描く。


「ほう、面白いことをしやがる。こんな手があるとはな。だが、いつまでもつかな」


 見れば、モウルドの右手が再生しかけている。


『……痛みは大きくなり、体は腐っていく。

 そりゃあ、苦しいぞ。黴び腐るんだから』


 クソッ、また声がする。体は、再び黒い霧に蝕まれ始めた。体中が酷い痛みに悲鳴を上げる。情けない。痛みに心が折れかける。


「アア…」


『いいか、毒兵になれば、苦しみから救われるぞ。どうだ』


「香輝くん、天の施しは?」


 星那さんが、オレの様子に気づき声を掛けてくる。

 オレは、首を横に振り、袋に手を伸ばさない。


『そうだ。毒兵になれば、苦しみから救われ……』


 頭に言葉が渦巻く。

 毒兵に堕ちるか、いっそ死ぬか。

 そうだ、ひ弱で潔癖症で平均的な日本の青年は死なねばならない。


「香輝くん、死ぬ気?!」


星那さんの必死の呼び声が聞こえる。



「レタブリッスモン!!!」


 オレは叫んだ。

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