第11話  決戦 魔鬼モウルド

「たった三人で覚悟しろとは笑止なことを言う。

 ゲヘヘッ、毒の胞子が効かぬ奴も天の施しで防いでいる者も、圧倒的な量の胞子となれば堕ちるしかあるまい。なあ、マゴット」

「はい、まさに」


*者共、此奴等を殺し終えるまで吠え続けろ!!*


ヴェエエエエエエ……

 ヴオオオオオオオ……

オオオオオオ……


 モウルドの命令に八百の毒兵が一斉に上を向き、吠えた。天への怨嗟エンサのように凄まじい声が地に響き渡る。

 オレ達はさすがに辺りを見回した。

 声と共に黒い霧が空気中を覆い尽くしていく。


「こんなことでオクすると思ったか!モウルド、今、行く!」

「ここじゃあ、闘うには狭えじゃねえか」


 悟蘭ゴランが叫んだ時には、すでにモウルドは下へ降りていた。


「モウルド、わざわざ殺されにきたか。いい覚悟だ」


 悟蘭の手には巨大な斧、その柄の端にはいつの間にか長い鎖と頭ほどもあるトゲトゲの分銅がついている。

 悟蘭は怪力に違いない。ビュンビュンと分銅を回し始めた。まるで巨大な鎖鎌クサリガマだ。

 分銅のトゲで敵の体をえぐり取るか、体に絡ませ、手繰り寄せ、斧で叩き斬る。


 対峙するモウルドの姿は魔に相応しい醜悪さをもっている。身の丈三メートル、姿は立ったゴキブリみたいだが、体表はヒキガエルみたいなブツブツで覆われている。見ただけで、オレの体にジンマシンが出ている。全身から邪悪な気を感じる。魔鬼というが、いったいどれほど強いのか。

 緊張で剣を持つオレの掌が汗にまみれていく。


「あっちに魔物がもう一体いるな。アイツが邪魔するようなら、星那、その時は相手を頼む」

「あいよ、任せな!」


 銀蠅みたいな魔物を睨むと、アカザの杖を左手で持ったまま、星那さんは、当然のように言った。

 悟蘭はオレに役割を振らない。オレは悟蘭にとっては未だ勇者ではない。悔しいが勇者様を無碍ムゲにするなとオレも言えない。


 天女様はオレに言った。


『人の力というものは、使命により変わる』


 どう変わった?


『おそらくは、貴方様が私の召喚したこの世界最後の勇者になろうかと……。

 香輝様、どうぞお救いください』


オレを救う者に成り上がれと?


 辺りが暗くなり、空気が汚されていく。


「どうした、かかってこんのか。

 ゲヘッ、まっ、十分もすりゃあ、お前等にも吾の毒がたっぷりと浸み込むぞ。せっかく下に降りはしたが、このまま毒兵になるのを待ってやってもいいぞ」

「ほざけ!」


 モウルドの言葉をきっかけに悟蘭が動いた。分銅がモウルドめがけ飛んだ。

 だが、フッと掻き消えたように姿が見えなくなったかと思うと、五メートルほど離れたところにモウルドの姿がある。


「毒兵達の動きが鈍いからって、吾もそうだと思ってもらっては困る。素速さには自信があってな。ディケイ様の配下随一と自負しておる。ゲヘへ、お前等の攻撃なんざ、まあ当たらん」

「当たるか、当たらんかはやってみなければ分かるまい」 


 悟蘭が分銅の輪を大きくしていく。なるほど、これならモウルドが横に逃げようと当たるに違いない。

 だが、その分銅が一回りする僅かな時間を縫い、モウルドは悟蘭の目前に移動していたた。瞬間移動のようだ。悔しいが確かに速い。


「貴様の動きの遅さは眠くなる。コイツでおとなしくなれ」


 モウルドの手には、デカい剣が握られ、真っ直ぐ悟蘭の頭目掛けて振り下ろされた。


 ガキッ


 金属がぶつかり合う大きな音、悟蘭が斧で応じる。


「ゲヘッ、小さいくせに力があるな。受け止めやがって」

「ドワーフの中じゃ、体も力もごくデカい方でな」

「しかし……、この邪剣で斧が砕けぬとは?!」

「伝説のドワーフ、ゲーノモス様が鍛えた斧だ。今は、モウルド、お前を斬り倒したくてウズウズしておる」


モウルドがなおも力ずくで悟蘭を押しつぶそうとしている。モウルドがのしかかる。下だけに、悟蘭の分が悪い。

 オレは何してる?観客か?考えている時か。


「ウオオオオオオ!!」


 スパークスオードを振りかざし、モウルドに斬りかかっていた。

 だが、剣が届く前にモウルドは五メートルほども離れていた。スパークスオードはただ空を斬った。


「香輝、無理するんじゃないぞ」

「最初からずっと無理ばかりやで!

 オレは勇者じゃから、今は、お前を救うんや!」


勢いで柄にも無い言葉を吐いていた。

悟蘭が嬉しそうに目を細めた。

 既にモウルドは遠い。おまけに奴の方が圧倒的に速い……。

 ならば、これはどうだ?


「ライトニング!」


剣先から出る青白い雷光のような光は太く激しい動きを見せる。

 毒兵の群れを抜ける中、最後には六体を一度に倒せるほどになった。オレのライトニングは実戦で威力を増している!

 当たった!


「ゲェヘヘヘ、お前、何をやったんだ。こそばゆいぞ」


 当たった……。雷光のような光が確かに当たった。だが、何のダメージもモウルドは感じていない。駆け出しの勇者の力は通用しない……


「吾は動きも速いが、体の防御力も高くてな。吾は魔鬼だぞ、舐めるなよ。

 ゲェヘ、こりゃあ、吾が出るまでもねえか。

 オイッ!マゴット出番だぞ!

 ……おやあ、若造、顔色が悪いぞ。ゲヘヘ」


 天の施しが効いているはずだが、体のあちこちにウズくような痛みを感じ始めている。いつの間にか黒い霧が地面をススのように覆い始めている。気持ちが、天の施しの力が負けようとしている。


 ブォオオオオオオオ


 青と黄土色とが混ざった色の魔物、マゴットが網目の入った羽を動かし、オレ目掛けて飛んできた。


「おっと、お前はアタシが相手だ!」


雲に乗った星那さんがオレとマゴットの間に割って入った。アカザの杖、色が鋼色に変わっている。


「コイツはアタシが引き受ける。香輝くん、悟蘭の力になりな」

「分かってる!」


マゴットの両手、爪が長い。五十センチほどの六本の剣に見える。それを突き刺すように伸ばす。

 キンッ。軽い金属音を立て、星那さんが杖で受ける。二人は空中を移動しながら闘い始める。

 悟蘭の力になる、分かってるとは答えた。だが、オレの力は通用しない。助けるどころか、毒兵に堕ちるかも……。

 痛みが増し、苦痛に耐えきれず体が震える。息が浅くなる。

 腰につけた袋が揺れる。


「モウルド、まさか鎖しか手が無いと思っておるまいな」

「あるなら急いだほうがいいぞ。若造はもうすぐ毒兵になるぞ」

「何!」


 悟蘭がオレをチラと見た。


   ヴェエエエエエエ……

  ヴオオオオオオオ……

 ヴオオオオオオオ……


 毒兵どもの吐く黒霧がますます濃くなる。

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