第10話 奇襲 毒兵八百の群れを抜けん!

 圧倒的な毒兵の群れ。

 星那セナは毒兵を吹き飛ばしつつ、悟蘭ゴランを援護した。

 香輝は、今のところ、毒兵へは堕ちていない。こうして進路を風で吹き上げていれば、毒霧も舞い散っていく。

 悟蘭やアタシにしたって、吸わなければそれに越したことは無い。


「いいかい、香輝くん。弓矢、槍、飛び道具を持っている奴等を狙い倒すんだ。

 これ以上、悟蘭の傷跡を増やしたくはないだろ。それにアタシの顔に傷でもついたら、許さないよ!」


 戦いの最中、香輝に笑って見せた。しかし、風を巻き起こすことは造作なくとも、続けて操り続けるのは中々にキツい。

 汗が額から頬を伝う。呼吸も乱れ掛ける。息を整えねば、術が破れていく。

 女仙というものは、たとえ辛い時であろうと泰然としている、そうあるべきだと星那は思っている。さあ、ここが頑張りどころだ。


「やった!星那さん、ライトニング、一度に三人倒しました!」


 香輝がガッツポーズをした。


「そりゃスゴイ。次は、十体だよ!」


 悟蘭は半ば死ぬ気で突入した。アタシらもその小舟に乗った。

 毒兵の群れに軍は引き連れて行くべきではない、それは星那も同意する。味方の兵が敵へと堕ち、倒さねばならないのではたまったものではない。

 だが、如何イカな悟蘭でもモウルドに挑むとなれば荷が重い。仮にも魔鬼だ。果たすべき希望だろうと叶うとは限らないのが世の常だ。

 共に戦うのが女仙のアタシと新米の勇者だ。うぬぼれてアタシの力が通用するとしても、残念だが香輝は当てにならない。

 香輝がまたライトニングで三体倒した。この短時間では、目覚ましい成長ぶりだ。

 今はヘタレ、藁屑ワラクズのような勇者でも、もっと経験を積めば真の勇者に相応しい力を持つ者へと化けるかもしれない。だが、そんな時間はない。


『……たとえ天女様に召されようと香輝は不運な定めにある勇者かもしれない』


 いやいや、首を振り、夕暮れ前の空を見る。青空が暗黒に飲み込まれ掛けている。残された時間はワズかだ。もし、アタシ達の無謀な戦いが朝露のように消えれば、王の軍が持ちこたえる可能性もおそらくは霧消する。


 魔王ディケイ軍主力と対峙している王軍、その背後からモウルドの毒兵どもが襲いかかる。その毒兵を倒すソバから、王の兵がバタバタと倒れ、毒兵へと堕ちる。毒霧の漂う中、王軍は混乱の中に沈む。

 戦場は血にまみれ、王軍は敗れ去り、この世界、ファーメントがあっけなく葬り去られる。そんな光景がまざまざと浮かんだ。


「香輝くん、ライトニング以外の呪文はないの?あるなら惜しまず試しておきな!」

「実は、もうやってるス。

 呪文、妙声鳥がいろいろ教えてくれて、必死で唱えたっス」


 香輝も頑張ってはいる。


「そりゃ、いい!使えそうなのあったかい?」

「やってみたら、まだオレには使えないのがほとんどで…。一つだけ出来たのがグローイング」

「グローイング?

 おっと、アタシの新手を見せるよ!」


 左から数名の毒兵が槍を構えるのが見えた。風の幅を狭めて超高速にする。毒兵達の体が輪切りになる。

 毒兵達から出る霧が星那の吹かせた風の形を描きだす。


「どうだい、風の使い方を変えた。新しい術だ」

「巨大ノコギリ?す、凄まじいっスね」

「君のグローイングは?」


 今度は香輝がライトニングで弓兵を四体倒した。


「それが増やす呪文だというので、例の実を手に載せてやってみたら、一粒が百粒ほどにもウジャウジャ増えて。

 気持ち悪いんで放り投げたら、毒兵どもが逃げ惑いました」

「そうか……、もっと成長しな!」


間もなく毒兵の群れを抜ける。今の内にアタシも、もう一つ二つ試しておきたい術がある。覚悟しろ、毒兵ども!!



 死地を生地へと変え、三人が進む。八百の敵勢へ、わずか三人で挑む者など、考える者もいるまい。だが、だからこそ可能性がある、そう信じて悟蘭は騾馬を進める。


「香輝、もう一度『天の施し』を食っておくぞ!」


 騾馬を操り、香輝が例のご馳走の入った袋から天の施しを悟蘭と星那さんに手渡す。


「天の加護のあらんことを」


 三人が口々に唱える。『天の施し』を口に入れる行為は、天の加護を賜る神聖な祈りへとなっている。


「星那、香輝、抜けるぞ!」


 急に視界が開けた。毒兵の群れを抜けた。悟蘭は、顔を上げ、台上を睨む。魔鬼モウルドが近い。


「モウルド、覚悟しろ!」


悟蘭が大音声を上げた。

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