第9話 奇襲 八百VS三 その2

 毒兵を蹴散らし、縫うように進む悟蘭の後をオレは必死で追う。左手に手綱、右手には剣を持ち、振り回している。


 これまでただの一体も敵を倒していない。


 いいか、オレに近づくんじゃない!オレには天の施しがびっしりとついている。

 ヘタレ心で腕が無駄に剣を振り回している。


 悟蘭が倒した毒兵の欠片が黒い霧を出しながら飛んでくる。まるで、催涙弾サイルイダンがオレめがけて飛んでくるみたいだ。

 そして、矢や槍が飛び交い始める。

 行けるのか?

 このまま毒兵の群れを抜けられのか?

 最初は、オレ達に気づかなかった毒兵どもが、しっかりとオレ達の方を向き、攻め始めた。

 一本の矢が肩に当たる。

 ミスリルの細かい網目にサエギられ、突き刺さりはしない。

 だが、痛みがある。

 肩から血が流れる。オレはヘタレのまま戦場にいる。いや、勇者としてオレは喚ばれたはずだ。血が流れ、勇者の覚悟が首をもたげ始める。


 いくら騾馬に機動力があり、悟蘭が巧みに操っても、このままじゃ……、毒兵どもの壁にやがて止まる。

 縫うように進んでいた悟蘭の進路がフサがれかける。速度が明らかに遅くなる。香輝にも毒兵が接近する。闇雲に振り回していただけの剣が毒兵に当たり始める。


「香輝様、呪文を!」


 上空から妙声鳥が叫ぶ。

 そうか、呪文だ。オレが名も知らぬ勇者が使っていた剣、スパークスオード。


「ラ、ライトニング!」


毒兵の群れ目がけ、剣先から青白い雷光のような光が空気を貫いていく。毒兵が一体、弾け飛ぶ。

 これか、魔力は?!たしかに一体、やっつけることはできた。だが、毒兵の群れの中、一体じゃあ、どうにもならない。


 こいつを使いこなしていた勇者なら、一度に何十体と倒していたかもしれない……。だが、たった一体では剣をただ振るうのとたいした違いは無い。

 圧倒的な敵の数を前に、なんと頼りない力だ。勇者が聞いて呆れる。


 その時、悟蘭の進行方向へ向けて、強い風が吹いた。

 空へと巻き上がっていく旋風、その風に十数体の毒兵が紙のように吹き飛ばされた。


 横へ星那さんが来た。


「アタシは、風を操るんだ。俗界を離れ、深山で修練した仙術の一つだよ。なかなかに使える術だろう」

「すげえ」


 オレは唖然アゼンとしながら頷く。


「いいかい、香輝くん。君の訓練はここからだ。私の師匠がかつてこの言葉をよく言っていた。


『実戦に勝る訓練はない。もしそれが死地ならば、限界の先にお前を運ぶ』


 もし、君が本物の勇者なら、今こそ力を振るい己を磨く時だ。

 さあ、ライトニングをどんどん使いな!」

「限界の先に、レ…連発、連発やったるでえ!!」


限界の先に本物の勇者が待っている。オレは唱えまくった。



「どういうことだ?あんな三匹、なぜ止められん!?」


 モウルドは、酔った勢いのまま、毒兵達が仕留めるのを待った。あっさり殺してはつまらん。嬲(なぶ)り殺しでなくては酒の余興にならん。

 おう、三匹、頑張るではないか。そうでなくてはつまらん。これは面白いぞと喜んでいたが、仕留めるどころか、敵がこちらに近づいてくる。


「ありゃあ、いつぞやのドワーフじゃねえか。一丁前に騾馬二頭を操ってやがる。

 その後ろの奴は見たことがねえ。魔剣を使ってやがるな。

 もう一人、雲に乗ったふざけた女がいやがる。女仙か?」

「モウルド様、胞子が効かぬようですが?」

「吾の毒の胞子が効かぬ奴はいる。ごく稀にだが、確かにいやがる。

 それからな、おおかた天女の仕業だろうが、近頃、

『天の施し』

というふざけた物がある」

「モウルド様がお越しになってから、この場所の

『天の施し』

も消えたではありませんか」

「吾の前では、あんな物、たいした力は持たん。とはいえ、吾の胞子の邪魔をすることは確かよ。面白くねえな。

 マゴット、どうだ、お前、彼奴らと戦わねえか?始末しろ」

「ヘッ、私でございますか?

 いやいやいや、それも面白うございますが、ここでモウルド様のお力をお示しされては如何かと」

「お前、あんな三匹ごときに臆したのか」


 マゴットは手をスリスリしながら、首を横に振った。


「いやいやいや、この戦争も間もなく終わりでございますし、ここでモウルド様の圧倒的なお力を見とうございます」

「副官のお前がまずやるのが」

「あやっ、突破しましたぞ」


 三匹はすでに毒兵達を抜け、台の前に達した。よりにもよって儂の前に来るとはどういう積もりだ。殺されに来たのか。


「モウルド、覚悟しろ!」


 ドワーフが喚いた。


「モウルド様、ご指名でございますが」


マゴットは、モウルドと三匹の敵とを交互に見た。

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