第20話 魔王様はやる気を出す

 魔族領域。その最奥には大きな西洋風の城があった。


 この事を知る人間はごく僅か。魔族領域に生きる人間の一部の人間が見たことがあるという程度の物だった。


 魔族領域に度々現れる人間の勇者の中にもこの城を見た者は居ない。なぜならば、それまでの道中で死に至っているからだ。



 その城はとても大きく、美しかった。魔族領域の中でその場所だけが汚れとは無縁の存在。城そのものが一個の芸術品であるかのようだ。



 そこに住む主は現在、部下からの報告に耳を傾けていた。




「――敗走した兵は約三千。残りの九万七千は死亡、もしくは人間どもに捕らわれてしまいました。指揮を執っていたグロウス様も敵方に捕らえられ、生きているかどうかも不明です」




「――ほう」



 城の主――魔王サタナスは報告を聞くと笑みを浮かべた。



「そうか。グロウスが敗れたか……不甲斐ないことだ」



 そう言う魔王サタナスだったが、別段怒っている様子はない。むしろ、怒りを現したのはそのつぶやきを聞いた部下の方だった。



「恐れながら申し上げます。グロウス様は勇敢に戦いました。敗北したのも人間どもの汚い罠に嵌まっただけの事で――」



「戯け」




 一言。魔王サタナスがそう口にするだけで部下はそれ以上の言葉を口から出せなかった。



「戦争において汚い? 卑怯? 汝はなんだ? 戦争を何かスポーツか何かと勘違いしていないか? そうであるならば生まれてくる種族を間違えたな。戦争において汚い、卑怯など負け惜しみ以外の何物でもあるまい。騙された方が悪いのだ」




「ぐっ――それは」




「何か異論があるか?」




 魔王サタナスはその漆黒の瞳を目の前の部下に向ける。


 魔王サタナス――人間側にはその容姿や行いは伝えられていないし、魔族側でもそこまで有名な存在ではない。しかし、魔族の力ある者の中で彼の存在を知らぬ者は居なかった。



 あまり表に出る事を好まない魔王。しかし、その影響力は絶大で、魔族が躊躇うような非道なことでも、何の躊躇もなく行う。自身の障害となる者と認識すれば、味方であろうと躊躇なく切り捨てる。


 黒の短髪。漆黒の衣装。そして漆黒の瞳。通称、漆黒の魔王。




「――ございません。申し訳ありませんでした」



「ならば良い。しかし、それでもここまで我ら魔族を追い詰めるとは……面白いな。イービルという男だったか? 興味がある」



「――ッ」




 魔王サタナスの言葉に身を固くする部下。その部下は魔王に長く仕えていたため、多少は魔王の事を理解していた。


 魔王サタナスの『興味がある』という言葉。それは敵を自身の脅威と認めたという最大の讃辞の言葉であった。





「さて、人間達によって我らの兵糧が尽き欠けているのだったな。後どれほど持つ見込みだ? 領内の人間どもを全て食料と考えて良い。ここまで来れば生殖行為を促して食料を増やす時間などないのだからな」



 魔王サタナスの問いかけ。部下は領内の生き残っている同胞の数と食料である人間の数を頭の中で計算し、




「普通に食事させても一か月は持つでしょう。食事量を制限させれば二か月以上持つと思われます」




「制限はするな。戦に臨む兵の士気を下げるなど愚か者のすることだ。さて、では兵を集めよ。魔族領域に居る兵を全てだ」




「それでは――」




「ああ」




 魔王サタナスは笑みを浮かべて部下に応える。





「余自らが指揮を執る。三週間後には出撃できるように準備をせよ。あぁ、久々に心が震える。余を楽しませてくれることを期待しているぞ。ニンゲン」




 そう言って笑い声をあげる魔王サタナスを見て頼もしさと恐ろしさを感じながら部下は退室した。





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