第18話 魔族さんは嵌められる


 グロウス率いる魔族はイービルが率いる軍へと襲い掛かる。


 しかし、その時




「グロウス様、横合いから伏兵が現れました!」



 グロウスの部下の一人が報告をしてきた。



「数は?」



「五百ほどです」



「ハッ、下らん。そんな小勢蹴散らせ!!」



「御意!!」




 そうグロウスが指示を与えると部下は離れていった。



(ふんっ。五百程度の伏兵など我ら十万を超える魔族に対して何かが出来る訳がない。イービルという男――あの情けない姿が演技であり、我を欺く策があるのではと勘ぐっていたのだが……この程度なのか?)




「グ、グロウス様! 横合いから伏兵が現れました!」



 先ほどとは別の部下からの報告。



「それはさっき聞いた! そんなものは蹴散らせ!」



「い、いえ、またもや新しい伏兵です」



「ほう、数は?」



「二百程度です」



「フッ、下らん! 先ほどと変わらん! そんな小勢は踏みつぶせぇ!!」



「御意!!」




 そうしてその部下もグロウスから離れていった。それと同時に、先ほど最初の伏兵の報告をしてきた部下が戻ってきた。




「報告します! 先の伏兵は我らと少し矛を合わせるとすぐに退却していきました。追いますか?」



「追わなくても良い! 我らを分断する策かもしれぬからな。それにまずはあのイービルという男だ! 奴以外は後回しで良い!!」



「御意!!」




 グロウスは自分を傷つけた男を一心に追い続けた。


 途中で他にも伏兵が多数現れたが、すぐに退却していった。


 そうしてイービルの軍を追っていくと、イービル達は山へと入っていった。



「グロウス様」



「無論追うぞ! 奴の率いる兵も少なくなってきた。伏兵には注意しつつ、しかし迅速に奴を追うのだ!」




 そうしてグロウス率いる軍も山へと入っていった。




「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! こ、ここまで追ってくるんですかぁ? いやだよぉ! ぐすっ、ひっく……死にたくないよぉ」




 そんな敵の指揮官であるイービルの声が聞こえてくる。




「見ろよあの敵大将。ガキみたいに泣いてるぜぇ! 情けねえったらありゃしねぇ」


「安心しろよ弱虫野郎! てめぇは生きて捕らえろっていう命令だからよぉっ! まぁ捕らわれた後どうなるかは分からねえがなぁ。ぎゃはははははははは!」



 グロウスの部下たちはイービルを見て笑い、調子づいて追う。


 そんな中、グロウスの中に湧いたのはやはり怒りだった。



(あんな弱者に……この我が手傷を負わされたというのか? ……ぐがぁぁぁぁぁぁぁ! どこまで我を虚仮にすれば気が済むのだぁぁ!! 絶対に許さんぞぉぉぉ!!)



 そうしてグロウスもイービルを追う。


 そうして追っていくと、イービル達は崖に挟まれた道に入っていった。




「ちぃっ! 固まっては入れぬ道に入ったか。構わん! 奴を追えぇぇぇぇ!」




 そうしてグロウス率いる軍はイービル達を追う。イービルを守る兵は一人、また一人と倒れていく。


 そうしてイービルを守る兵が十人ほどになった時、崖に挟まれた道は終わり、ひらけた場所へとイービルたちが逃げ込む。




「伏兵には十分に注意せよ! 道から出れる人数が限られておるからな。最初に出る者は防御を優先し後続を待て!!」




 そうしてグロウスの軍はひらけた場所へと雪崩れ込んでいく。


 そこは崖に挟まれた場所だった。そして逃げ場はもうないようだ。イービルを守る兵たちもその場で立ち尽くしている。逃げようにも唯一の道からはグロウスの兵たちが次々と入ってきているのだ。逃げられる訳がない。




「くふふふふ。鬼ごっこは終わりか? 最後くらいは我らに立ち向かってきてはどう……だ? ぬ?」



 約十万対十人。もちろんまだ全軍が入ったわけではないが、戦力の差は圧倒的だ。グロウスは勝利を確信してイービルへと声を投げかけたつもりだったが……イービルが居ない。




「どこだ? 貴様らの大将のイービルはどこだ?」



 イービルを今まで守っていた兵たちに問いかける。しかし、




「アヒヒ、残れた……きひひ、最後まで残れた」


「やったよ……俺やったよリサーシャ……兄ちゃんの分まで幸せに生きてくれ。お袋、親父、先に逝く俺を許してくれ。幸せにな」


「はぁ、はぁ、やったぜ……やってやったぜ」




 グロウスの質問には答えず、イービルを守っていた兵たちはやりきった表情をしている。そして、自らの運命を受け入れた顔をしていた。死を覚悟した顔だ。



「まさか……」



 グロウスの失った右手が疼く。そして、彼は周囲を見渡した。


 ひらけた場所に次々と雪崩れ込んでいく同胞たち。そして険しい崖に周囲を覆われているこの場所――




 罠!?




「全軍、たいきゃ――」




 そう言おうとしたグロウスの横を熱い物が通り過ぎる。


 後ろを振り返ってみれば何のことはない。火矢だった。




「は、はは」



(何だ、この程度か)



 グロウスは火矢が飛んできた方向へと顔を向ける。撃ってきた者は崖の上に居るようだ。大体二百メートルほど。簡単には登れない距離だが……魔族にとっては登れない距離ではない。




「全軍、敵はうえ――」




 ドガァッ――――




 またもやグロウスの声はかき消される。今度は爆発によってだ。


 爆発したのはグロウスの近くではない。爆発した場所を見ると、同胞が幾人か爆死してしまっている。


 そしてその間もグロウス達の頭上から火矢が降ってきた。数えきれない量の火矢だ。いや、火矢だけではない。ただの火のついた木の枝など、とにかく火の点いたものを手当たり次第に人間たちは投げ込んできているようだ。


 そしてそのうちの一つが地面へと到達したとき――爆発が起きた。



「地雷かっ!」




(この場所には大量の地雷が埋まっているという事か……やはりここに来るまでのあのイービルという男の態度は全て演技。騙されてしまったか……。だがしかし、詰めが甘いわ人間がぁっ!)




「落ち着いて対処せよ! 氷結魔法を使えるものは足場を凍らせよ! 使えぬ者は上から射かけられる火矢を可能な限り対処せよ! 火だ! 火さえ消してしまえばよいのだ! 間違っても炎魔法など使ってはならんぞ!」




「「りょ、了解しました!」」




 そうして多少なりとも動揺から回復したグロウスの兵たち。しかし、




「だ、駄目です! 魔法が発動しません!」


「なにぃっ!?」




 新たな問題が発生する。試しにグロウスは自分が最も得意とする土系統魔法を使用し、爆発で出来た岩を操作しようとするが――




(ダメだ……動かん。小石程度なら……動く! しかしなんだこの抵抗力は!? これだけ力を注いで小石程度しか持ち上げられないなどあり得ぬだろうが!!)



 こんな状態では氷結魔法のエキスパートでもない限り地面を凍らせることなど不可能だろう。いや、仮にそんな者が居たとしても、ごく狭い範囲しか凍らせる事は出来ないか。などと考えながらグロウスは打開策を練る。



(考えろ! 考えろ! 考えろ! 何かないかこの状況を打開する策はっ!? 撤退? もしくは上にいる敵を蹴散らす? ええい、どうするべきなのだ!?)




 まさに万事休す。打開策を練るグロウスだったが、何も思い浮かばなかった。しかし、それで終わる訳にはいかないのだ。何もしないままではむざむざ多くの同胞を失ってしまう事になる。自分の命はいい。油断のならない敵だと理解していたのにもかかわらず、度重なる敵の敗走する姿を見て気が緩んでしまっていたのだ。こんな無能な将は死ぬべきだろう。しかし、同胞たちには非はない。なんとか同胞たちだけでも生きながらえさせることは出来ないか? グロウスの頭に『降伏』の二文字が浮かびそうになった時、その声は聞こえてきた。




「ひっく……ぐすっ。ああ……うぅ」




 泣き声だ。誰かが泣いている声が聞こえてくる。その声は爆発音や悲鳴が響き渡るこの場においても、不思議とその場にいた多くの者の耳に入ってきた。




「うああああああああ! ダイデラさんにリムルドさん。それにクレダさんまで犠牲になってしまうなんて!? 作戦とはいえなんて酷いんだ!? 僕の……僕の為に動いてくれる人が減っちゃったじゃないかぁぁ!? なんて大きな損失なんだ!? こんな損失を招いた原因である魔族は一掃しなくちゃなぁ!!」




 声はグロウスの頭上から聞こえて来ていた。つまり、人間の誰かが発した声だ。


 グロウスは頭上で声をあげる人物を見る。


 その人物は――イービル・デビルだった。




「死ね死ね死ね死ねしんでしまえぇぇぇぇ! ――――――ああ、万が一死ななかった方は安心してください。殺したりせず死ぬまで僕の為に働いてもらいますから。あぁ、魔族にも慈悲を与えるなんて僕はなんて優しいんですかねぇ!!」




 激昂したかと思えば、微笑みかけてくる。そんなイービルの壊れ具合にグロウスは恐怖する。




 (なんなのだ……こいつは……いや、怯むな。ここでこの男さえ……この男さえ倒せれば!!)




 敵の首魁、イービルはグロウスの丁度真上に居る。間には二百メートルの壁があるが、命を捨てる覚悟があればその差は詰められるとグロウスは判断する。ゆえに、





「ここで、貴様さえ殺せれば問題なかろうなのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 グロウスにとって圧倒的不利なこの状況。突破するための一つの方法として、敵の司令塔を潰すというのは間違ってはいないだろう。しかし、




「クルデルスさん。お願いします」



「了解した。行くぞ、みんな」




 イービルの背後から現れた五人の人物がグロウスの行く手を阻むように立ちふさがる。




「邪魔だぁ! ムシケラ如きが我の道を塞ぐでないわぁ!!」




 構わず立ちふさがる五人の人物へと突進するグロウス。




「やれやれ……自分が嵌められている事にも気づかないなんて愚かだな。まぁ、人の事は言えた義理ではないけれど」



「なぁっ!?」




 片腕を振るって五人を吹き飛ばそうと考えていたグロウス。しかし、思惑とは異なり、五人の先頭に居た男に容易く腕は受け止められてしまう。


 そしてその隙を逃さず、



「はぁっ!」


「ごへぇっ!?」




 クルデルスの後ろから斧を振りかぶった男がグロウスの頭部めがけて斧を振り下ろし、命中する。




「おいおい、殺していないだろうな?」


「大丈夫だよクゥ兄。ちゃんと刃の点いていない方で叩いたからさ。相手は魔族の中でも強い奴だったみたいだから大丈夫でしょ?」


「いや、魔族の強さは魔法によるところが多いから頑丈かどうかはあんまり関係ないぞ? 防御魔法でも展開できてれば話は違ったかもしれないけどここでは魔法が使えないし」


「えぇ!? それじゃ俺やっちまったかなぁ?」


「いや、まぁ生きてるみたいだからいいんだけどな。失敗してたらお前、イービル様やアリィヤ様に説教食らってたと思うぞ?」


「……………………」


「ま、まぁそんな青ざめた顔すんなよ。これから気を付けていけばいいさ」


「う、うん。気を付けるよ……」





 そしてグロウスは成すすべもなく意識を失い、人間に捕らえられた


 指揮官を失った魔族側は更なる混乱を起こす。多くの物が爆発に巻き込まれ、そうでない者も人間に殺されていった。




「指揮官を落としたいと思うのはお互い様なんですよねぇ。一体何のためにわざわざあなたの近くに姿を見せたと思うのですか? ねぇ? 魔族の指揮官さん?」




 気を失ったグロウスを見つめながらイービルは言う。



 その数時間後、生き残った魔族は捕虜となり捕らえられ、人間側の勝利という事で今回の戦闘は幕を閉じた。

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