第17話 魔族さんは追いかける


「グロウス様。人間どもの都市が見えてきました。あの都市は防衛都市と言って我ら魔族の侵攻を阻む唯一の砦。あそこを落としさえすればいくらでも人間――食料は手に入ります」



「我らだけではなく、多くの同胞が飢えておるからな。しかし、慎重に行かねばなるまい。どんな罠を仕掛けているのか……特にイービルという男。出会った事はないが味方すらも簡単に切り捨てる冷徹な男が率いているのだ。何か仕掛けているに違いあるまい」




 グロウスは失った右手の箇所を一瞥する。味方を切り捨て、魔族へと尋常ではない打撃を与えた男……果たしてどんな冷血漢なのかとまだ見ぬ敵に最大限の警戒心を持ってあたる。と、そのとき




「なんだあの煙は? それに敵兵の姿が見えぬが……」




 グロウスは戦術都市マリュケイカから立ち上る幾筋もの煙を見上げた。何かが燃えているようだ。何が燃えている? それにここまで魔族が接近したというのに敵が全く見えないというのもおかしな話だ。




「人の気配がほとんどしません。退却したのでしょうか?」




「……いや、確か以前魔族がこの都市を攻めた時、同じようなことがあったと聞いている。我はそのとき参戦していなかったが、確かそのときは都市を占領した夜に爆発があちこちで起こり、甚大な被害が出たと聞いている。愚かな。二度も同じ手が我らに通じると思っているのか……。斥候を放てっ! 都市内部に何か細工がされていないか詳細に調べよと伝えよ! 残りはここでしばし休息を取る!」



「はっ! 畏まりました。すぐに幾人か足の速い者を放ちます」




 グロウスの部下はそれだけ言うとグロウスの傍から離れていった。


 しかし、数分後すぐに慌てた様子で戻ってきた。何かあったのだろうか?



「どうした? もう斥候は放ったのか?」



「はい、もう既に三人の斥候を放っています。放ったのですが……申し訳ありません。血気盛んな同胞が五百人ほど勝手に都市へと突撃していきました」



「ちっ。まぁいい。構わん。我の命令を聞けない同胞など居なくなったところでなんら支障はない」




 そうしてグロウス達は休息を取った。念のために周囲を警戒しているが、特に何が起きるわけでもなく、数時間ほどが過ぎた。そしてそのころになってようやく斥候の三人が戻ってきた。




「申し上げます! 都市内部を探っておりますが、現状危険物は発見できておりません。それと、数十人ほどですが人間を発見しました。その多くが何かに踏みつぶされたかのようにして息絶えております。生き残りは私たちと同時に都市に入った同胞たちが殺害。さらに喰らってしまいました。今は都市から少し離れたところで人間が固まって動いているのを発見し、同胞たちは追っていきました。間違いなく人間どもは逃走しておりますっ!」




「逃走? 逃げたのか? それに若造たちがそのまま追ったと? 愚かな。何か罠があるに決まっているであろうが。まぁいい。仮に奴らが死んだところでこちらにはまだまだ兵はおるのだ。我らもその人間どもを追うぞ! 手は出さなくても良い! だが決して逃がすなぁっ!!」



「「御意っ!!」」




 そうしてグロウス率いる魔族十万の軍は戦術都市マリュケイカへと入る。そして、何も異常がないままマリュケイカを通り越して人間どもが逃げているという方向へと駆ける。


 しばらくして人間どもが見えてきた。否、人間どもだけではない。若い同胞たちの姿も見えてきたではないか。




「くっかかかかかか! まだまだ食い足りねぇんだよぉっ! とっとと腹ん中に納まりやがぇぇぇぇ!」


「ひぃぃぃっ。逃げろ! みんな逃げるんだぁ! かなう訳ないよぉっ!」




 ……なんと弱気な。グロウスは弱音を吐いた男を見て思う。


 見たところ、今の弱音を吐いていた男があの軍を指揮していたようだ。軍を指揮するものがあんなに情けなくては兵の士気も下がるばかりだろう。




「イービルさぁん! 置いて行かないでくれよぉっ!」



「うるさぁいっ! 君たちは必死にそこで耐えてればいいんだよぉ!」




 グロウスは聞き覚えのある名前に眉をひそめる。そのイービルという名は自分が最も警戒していた男ではないか?


 しかし、イービルと呼ばれた男はただただ部下を置き去りにして逃げるばかり。ただの弱者にしか見えない。




「くく。はははははは」




 グロウスの乾いた笑い声が響く。そしてその後、




「ふざ――けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 かつてないほどに怒った。


 自分が評価した男の脆弱さに。そして、そんな男が魔族に盾突き、自分の右手を奪ったのだと考えると無性に腹が立つ。腹が立って仕方ない。


 グロウスは怒りのままに号令を上げる。




「同胞たちよ! 逃げる人間どもに総攻撃をかけよ! そしてあのイービルという指揮官を生きたまま我の前に連れてきた者には褒美を与える。それ以外の人間は殺せぇ! 喰らえぇ! 我ら魔族に歯向かった愚行、その身に味あわせろぉぉぉぉぉぉ!!」



「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」




(許さん……我に……我ら魔族に貴様のような弱者が盾突いてただで済むと思うなよ!? 貴様は我自らが生きたまま喰らってやるわぁっっっ!!!)




 そうしてグロウス率いる魔族はイービルが率いる軍へと襲い掛かる。




 ――破滅への階段を一段一段……上がっていく。

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