第16話 道具屋さんは信用しない


「――はぁ、はぁ、はぁ……最高だったよ。アリィヤ」



「はぁ、はぁ。ふ、ふふ、それはこちらのセリフよ。毎度の事だけどイービルには好きなようにやられちゃうわね。たまには私にも色々させてくれてもいいのに」



「主導権を握られるのは好きじゃないんだ。イヤならもうやめようか?」



「冗談でしょ? こんな気持ちいい事やめられる訳がないじゃない。それに、イービルになら何をされてもいいもの。あなたが私にしてくれる事の全てが愛おしくてたまらないの」



「ダメだなぁ。そんなこと言われるとますますやる気が出ちゃうじゃないか」



「ふふっ、どうぞ? 私はイービルが満足するまで付き合うわよ?」





「――ズババババババババーーー! 参上無常このオレ登場! やや、これは我が君。ご機嫌いかがですっぽんぽん?」




 と、今から二回戦目をやろう! という時にグン・シーさんが入室してきた。


 ここはグン・シーさんの住まいだが、グン・シーさんの好意に甘えて今は僕が使用している。表には『OPEN』の札を付けていたはずだから、それを見て入室してきたのだろう。


 ちなみに『CLOSE』の札が掛かっているのにも関わらず入室してきた人は少し悲しいことになってしまうかな。それが家主のグン・シーさんといえどもね。




「……なによグン・シー。今私たちは忙しいの。後にしてくれないかしら?」



「忙しい? ぶはははははははは! 今はそれどころではないのだ愚か者がぁぁぁぁぁぁぁ!! おぉ、アリィヤ殿。裸で一体どうしたというのだ。そのままでは風邪をひいてしまうぞ? ごほんごほん」




 グン・シーさんはお薬を与え続けた結果、少し性格が変わってしまった。


 彼の頭脳が役に立たなくなるかとも思われたが、幸いその部分は無事のようだ。作戦などは良いものを提案してくれる。ただ、少し口数が多くなって情緒不安定になっているくらいだ。



「この弱虫の狂人め……殺しちゃうわよ?」




「ころ……ころころす?」




 アリィヤが苛立ちを隠さずグン・シーさんを睨む。そしてグン・シーさんはピタリと動きを止め、




「ころす? ええ殺す。ああ殺しますよぉまぞくぅぅぅぅぅっ。憎憎憎憎憎いぃぃぃいィィィぃぃィッッッッ。魔族は一匹のこらズゥゥゥゥゥゥゥゥ、ころーしたーいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




 あーあ。またか。




「ダメじゃないかアリィヤ。グン・シーさんで遊ばないでくれよ」




「ごめんなさいイービル。でも……いいわ。この狂気。以前のお利口さんだったグン・シーよりよっぽど魅力的じゃない。イービルもそう思わない?」




「残念だけどそればっかりは同意しかねるね。まぁ、魅力的かどうかはともかく扱いやすいとは思うかな」



「あら酷い。くふふふふふ」




 よくこうやってアリィヤはグン・シーさんで遊ぶ。というのも、グン・シーさんはほんの些細な事がきっかけで魔族に対しての恨みを爆発させるのだ。魔族の事を匂わせても激怒するし、『殺す』などの単語を聞いたときも魔族に対しての恨みを爆発させる。そんな狂気的な怒りを見せるグン・シーさんの姿をアリィヤは気に入っているようだ。僕には全く理解できない感情だけどね。




「きききき聞いてください我が君! 魔族が攻めてきたとの報告がありますのだ。敵の数は約十万。対して我が軍は続々と人数を増やしているとはいえ五万程度。ぶひゃひゃひゃひゃ。圧倒的劣勢。ふっつうなら勝てるわきゃねええええ。あぴゃぴゃぴゃぴゃ」



「あぁ、ついに攻めてきましたか。という事は作戦は成功したんですね?」




「さようさよう! アリィヤ殿が進めてくれた魔族領域に住む人間の殺害に関しては順調に進んでおります。幾人か同胞は捕まりましたがなぁに大したことはない。許容できる犠牲でありますよぉ。これで魔族は放っておけば餓死、確★定。食料の無くなった魔族たちが阿呆のようにこちらに攻めてきています。必死に全力で。物見の予想では三時間後にはここに到着する模様っっっでぇぇぇぇぇぇぇぇす!」




 僕がアリィヤに指示した内容は単純。魔族領域に住む人間を可能な限り殺害し、魔族側の食料源を潰すというものだ。こういう戦に置いて食料というものは非常に重要だ。魔族領域に住んでいた哀れな人々には悪いけれどまぁこれも正義のためだ。仕方ないと分かってくれるに違いない。




「必死に攻めてきているのですか。怖いですねぇ。みんなには頑張って守ってもらわないと。騎士団や盗賊、それと傭兵の人たちにも伝えてもらっといてもいいですか?」




「カ――カーカ畏まりましたぁっ! しかぁし我が君、恐れながら申しあげます。我が君の作戦でも今回の魔族の襲撃は抑えられるでしょう。だーがしかぁし! オレの作戦の方が効率よく被害も少なくお安く済みますがどうでしょーーーか!?」



「――素晴らしいですねぇ。では、お聞きしましょうか」




「ハァイ! まずはこの都市を放棄してですねぇ――」



 そうして僕はグン・シーさんの作戦に耳を傾けた。





 …………………………………………




 ふむ。


 グン・シーさんの作戦は理解できた。だけど、



「ふぅむ。確かに素晴らしい作戦だとは思いますが……そううまく行きますかねぇ? それに、僕の身の安全が万全とは言えないのではないですか? 影武者などで代用できないのでしょうか?」




「それでも良いのですが成功確率はグーーーンと下がってしまいますよぅ! それに我が君の安全はこのグン・シーが命をかけてお守りしますとも。さらさらにぃっ!! それだけではありませんともぉっ! 兵を何隊かに分けて潜ませます。いざとなれば時間稼ぎ程度の役にはたっつでしょう」



 ふぅむ。さて、どうしたものか。


 確かにグン・シーさんの作戦は魅力的だ。僕の安全について一言モノ申したいが、それ以外の点については良いと思う。


 確かに、ここで多くの兵を失う事は惜しい。僕が考えていた作戦を実行する場合、こちらにも多くの被害が出る。グン・シーさんの作戦ならば僕がほんの少し危険な場所に行かなければならないだけで、それさえクリアすれば味方の被害は軽微で済みそうだ。さらに、逃がしてしまう魔族の数も減らせるだろう。




「ならばいいでしょう。グン・シーさん。あなたの望むままに兵を動かしてください。許可します。しかし……失敗は許されませんよ?」




「ハハァッ。我が君に必ずやぁっ! あぁ、カナラズヤァァァァァァッッッ勝利のふたもじヲヲヲヲぉぉ! そして魔族どもには破滅・滅亡・敗北のふた……ふたふたふたもじうぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ひゃひひ。ひゃーっはっはっはっはっははぁぁっっ」




 そうして高笑いを上げながらグン・シーさんは立ち去った。




「――いいの? 彼を信用しても。イービルに危険な役目を負わせてあわよくば亡き者にするなんて事もあるかもしれないのよ?」




 グン・シーさんが退室したのを見届けるとアリィヤがそんな事を聞いてくる。やれやれ、分かっていないなぁ。




「大丈夫だよ。ああ見えてもグン・シーさんは頭がいいからね。僕を裏切るなんて馬鹿な真似はしないさ。そんな事をしてもデメリットが多すぎるからね」



「デメリット?」




「簡単な事だよ。僕が死んだら同時に僕がみんなに仕掛けた爆弾が作動する。独りぼっちは寂しいからね。そうすると必然、戦力が激減して人類は魔族に全面降伏だ。魔族を滅ぼす事なんて到底無理になる。これも魔族を恨むグン・シーさんには許容できない事だろうね。それに何より――僕が居なくなったらグン・シーさんは『お薬』を手に入れることができない」




 あの『お薬』の製造方法から保管場所に至るまで、それは僕しか知らない。知っていた人は全員既に始末した。抜かりはない。




「それはつまり『お薬』の力を信用するっていう事かしら? 他人すらも信用しないイービルらしくないんじゃないかしら?」




「ははっ。面白い事を言うなぁアリィヤは」




「面白い?」




「ああ。だってそうじゃないか。さっきの言い方だと他人は普通なら信用できるものだって言っているように聞こえるよ? 他人すらも信用しない――うん。やっぱりこれだと他人っていうものを信用しない人はどうかしてるって意味に聞こえちゃうじゃないか」




「……それが人間っていうものじゃないの? 一人では生きていけない生き物。だから手を取り合って――」


「それは違うよ」




 アリィヤの言葉を遮る。手を取り合う? 何を言っているんだろうアリィヤは? まぁ仕方ない。分かっていないようだから教えてあげよう。




「いいかいアリィヤ? 確かに人間は非力で一人で出来ることなんてたかが知れているよ。表向き手と手を取り合って仲良しこよしでやってる人たちも居るだろうね。でも、本質は違う。みんな表に出さないだけで相手をどう利用しようか――そう考えているんだよ。手を取り合う? ばかばかしい。笑顔で近づいて相手を利用する。それこそが人間なんだよ。そんなものを信用なんて出来ると思うかい? 僕には無理だね。それなら僕が何度も検証実験を行った『お薬』の方がよっぽど信用できるさ」




 人間なんてそんなものだ。馬鹿は一生利用されつづけ、利口な人はそういう馬鹿をたくさん騙して自分だけいい思いをする。僕は――馬鹿にはならない。




「くふふふふ、アッハハハハハハハハハハハ! いいわいいわよいいわねそれ! さっきはイービルらしくないなんて言って悪かったわね。とってもイービルらしくて素敵だと思うわ。あぁ、やっぱりイービルは素敵ね。惚れ直しちゃいそうだわ。不完全燃焼もいいところだしさっきの続き……いいでしょう?」




 そうしてアリィヤは僕に抱き着いて行為の続きを要求してくる。そんなにひっつかれるとこちらもそんな気になってくるけれど……




「ダメだよ。さっきグン・シーさんが魔族が攻めてきたって言ってたでしょ? この防衛都市マリュケイカにたどり着くのが三時間後くらいって事なら急いで準備をしなくちゃ。やらなきゃいけない事がたくさんあるからね。アリィヤにも手伝ってもらうよ?」




「くふふふふ。しょうがないわねぇ。それじゃあ……これだけ」




 そう言ってアリィヤは僕の唇目掛けキスしてきた。


 ただ触れるだけのキス。すぐにアリィヤは身を翻し、両手を天に伸ばしながら、




「さーーーって。今日もイービルの為に頑張るとしましょうかぁ~。何でも言ってね? 私はイービルのいう事ならなんだって聞くから」




「ふふっ。それはありがたいなぁ。それじゃあ――行こうか」




 さぁて、魔族を見るのは初めてだけど……どんな人が居るのかなぁ?

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