第15話 魔族さんは本気を出す
「一体どういう事だぁっっ!!」
魔族の将であるグロウスは声を荒げる。
「なぜ我が領内の家畜どもが次々に殺されているのだ!? 誰の仕業だ!?」
彼の言う家畜とは人間の事である。魔族にとって人間とは家畜であり、食料なのだ。
「はっ、それが……どうやら人間共の仕業であるようです。奴らは少数で我が領内へ侵入。そして守りの薄い家畜どもを殺害しているようです」
魔族の将であるグロウスは堅牢な砦の中で部下の報告を聞く。
確かに、家畜どもは粗末な馬小屋で生活させている。警備なども居ないので襲撃するのは容易だろう。
だが……
「人間が人間を殺しているというのか!? そんなバカげた話があるものか!?」
グロウスは怒りに任せて手近にあった椅子を蹴り飛ばす。あり得ない。グロウスはそう思った。部下の話を信じるのならば、人間共は同族を殺しに危険な場所までわざわざ忍び込んできたということだ。そんなバカげた話、グロウスにはにわかに信じられなかった。
「し、しかし真実です! しかも、それだけではありません。どうやら、侵入した人間どもは我が領内の食料や水などに毒を仕込んでいったようです」
「? どういう事だ? 食料と言うと家畜である人間の事だろう? そこに毒を仕込む? そもそも我らに毒など効くとでも思っているのか。愚か者め」
人間にはあまり知られていないが、魔族の多くの個体は毒への耐性がある。そもそも、魔族は人間よりも体が丈夫なのだ。生半可なことでは倒れない。
「いえ、食料というのは人間の事ではありません。人間どもを生かしておくために食べさせている食料、そして水。そこに毒物を仕込まれているのです!」
「ハッ! そんなもの魔族である我々に関係……待て。という事は……我が領内に居る家畜……いや、人間どもは――」
「はい、殺害されなかった者たちも次々と毒で倒れ、毒を恐れて何も口にしていない者たちからも餓死者が出てきております。おかげで家畜どもは現在休ませるしかない状況です。これ以上酷使すればそれこそ家畜どもは全滅しかねません」
「ぐっぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
家畜の主な仕事は生殖行為だ。家畜が増えれば増えるだけ魔族の食料は増えるということだし、なにより生まれたての赤子は魔族にとって美味なのだ。
しかし、その家畜が働いていないという事は現在魔族の食料の生産がストップしているという事。これはとてもまずい。
「ならば襲撃してくる人間を捕らえろぉ! ええい忌々しい。この我自らが生きたまま喰らって自分がやった事を後悔させてくれるわぁ!! それと死んだ家畜に関しては仕方ない。腐る前に食料として同胞たちに分配しろ!」
グロウスはこれからの事を考える。まずはこんな事をした人間を捕らえさせ、目的を吐かせる。その後に多くの人間に舐めた真似をすればどうなるかを理解させて――
「……恐れながら申し上げます。襲撃した人間は幾人か捕らえたのですが殺害……特に食すことは難しいと思われます。また、死んだ家畜どもの殆どは原型を留めておらず食料として提供することは難しいです」
「なんだとぉ!? クソがぁ!! とにかくこんなふざけた真似をした奴らをここに連れてこい! 話はそれからだぁ!!」
「は、はい!」
グロウスの部下は慌てて部屋から出ていった。
その間グロウスはこんな事をしてくれた人間をどうしてくれようかと考えていた。しかし、殺すのが難しいとはどういう事だ? 捕らえているのだから相手の戦闘能力が高くて殺すのが難しいという訳でもないだろう。ではなぜ?
「失礼します! 捕虜を連れてきました!」
「入れ」
そんな事を考えていると部下がこんな事をしでかしてくれたという人間を連れてきた。部下が連れてきたのは三人の男。ここに来るまでに既に拷問でも受けていたのか。体はぼろぼろで何も身に着けていなかった。
「貴様ら、なぜ同族を殺した? 何が目的だ? そんな事をしても我ら魔族は貴様らの領域への侵攻を進めるだけだぞ?」
魔族領域の人間の数が減れば当然そうなるだろう。食料がないという焦りもあるのでこれまで以上に我ら魔族は人間の住む領域へと攻めかかる。それなのになぜこんな真似をしたのか? 聞いておきたい。そもそも、こいつらの後ろに誰か居るのか?
三人からの返答を待つ。しかし、
「応えられない」
「言えねえなあ」
「くくくくく」
三人に喋る意思はないようだ。一人に至ってはこちらを見下すかのように笑っている。
グロウスもさすがにいらついた。
「この劣等がぁ!! 何を笑っておるのだぁ!?」
そうしてグロウスが腕を振り上げ、笑った男へと制裁を加えようとしたときだった。
「お止めくださいグロウス様! こやつらを殺してはなりません!」
部下から静止の声がかかる。
しかし知った事ではない。構わずグロウスは自分を笑った男へと全力の一撃を振るう。同族が目の前で殺されれば残りの二人ももう少し従順になるだろうと考えてだ。
しかし――
ドガァッ!!
「ガァァァッ!!」
グロウスは何が起きたのか分からなかった。分かる事は殴った右手が焼けるように熱いという事と、何かが爆発したようだという事のみ。目が眩み、爆発音で耳もやられたようだ。
「ぐっごっがぁ。い、一体……何が?」
しばらくしてからグロウスは目を開ける。耳もだんだんと回復してきた。どうやら一時的に聞こえなくなっていただけのようだ。だが、
「なっ!? なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
だが、回復しないものもあった。
グロウスの右手。その手首から先はもう存在していなかった。そこにあるのはただ流れ続ける赤い液体のみ。つまりグロウスの血だ。
そして存在していないものはそれだけではなかった。先ほどグロウスを笑った男。あの男もその存在を消していた。
そして、部屋に残る爆発の後。これらの事実から考えると――
「いけませんグロウス様! こいつらはその身に爆弾を身に着けています! 外そうとしても爆破、殺害しても爆破なので迂闊な真似は――」
「先にそれを言わぬかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あべぶっ!」
グロウスは部下を無事である左腕でぶん殴った。
「クズがぁぁぁっ! 貴様らただでは済まさんぞぉ!!」
そう言ってグロウスは残った二人の人間を見る。だが、
(ニヤニヤ)
(ニヤニヤ)
二人はただただ笑みを浮かべるばかり。グロウスを見下ろし、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「クソがぁ!」
グロウスは左腕を振り上げだが、
「ぐっぬぅ……」
さすがに同じ過ちは出来ない。同じことをすれば同じように左腕を失うだけだ。
「貴様ら、ただでは済まさんぞぉ! 要するに近づかずに殺せばよいという事だろうがぁ! 痛めつけて恐怖のどん底に落としてから殺してくれるわぁ!」
と、グロウスは男たちに宣言するが、
「軽いな」
「ああ、軽い。これが魔族のお偉いさんかよ。イービル様の方がよっぽど恐ろしくて残酷で悪魔的だったよ。案外あの人が魔王なんじゃねぇか?」
「ああ、それは俺も考えたことがあるな。だけど、魔族の指揮官クラスがこんなんだと魔王という表現すら、イービル様を表すのには足りない気がするがな」
「違いねぇ」
グロウスの脅しを聞いてなお、怯えを見せない男二人。いや、怯えを見せないだけではない。まるで世間話をするかのような気軽さで話し始めたではないか。二人は笑みすら浮かべている――これから死ぬという事を理解しているはずなのにだ。
「なんなんだ……こいつらは……」
グロウスは初めて恐怖した。人間という種族に。その狂気に。
「ええい、うせろぉぉぉ!!」
だからだろうか。先ほどまで苦しめた果てに殺すと決意していたはずなのに、グロウスは二人に向けて魔法で生み出した炎を放った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
「くく、ああ、やっと死ねる……感謝するよ。魔族さん」
ドガァッ
そうして爆破と共に二人は死んだ。一人は笑いながら、もう一人は感謝しながら死んでいった。
「なんなのだこいつらは……いや、そんな事はもういい」
問題は何も解決していない。敵が得体のしれない奴らだと分かっただけで、むしろ危険度が増していると言ってもいいだろう。
しかし、このまま手をこまねいていても魔族は餓死するだけ。ならばとるべき行動はひとつ。
グロウスは先ほど自分が吹き飛ばした自分の部下の元へと歩いていき、その頬をたたく。
「おい、起きろ!」
「ぬ、ぬぅ。はっ! も、申し訳ありませんでしたグロウス様。ど、どうかお許しを」
意識を取り戻した部下はこれ以上殴られるのを恐れたのか。ぺこぺことグロウスに頭を下げた。
「いや、謝るのは我のほうだ。お前が何度も止めていたというのに聞かなかった我が悪いのだ。許してくれ」
そう言ってグロウスは部下に頭を下げた。それを見てグロウスの部下は慌てて、
「お、おやめくださいグロウス様! 私のような者に頭をさげるなど。無理に止めなかった私にこそ非があるのです。どうぞ私に罰をお与えください」
「いや、お前に非はない。それに、そうでなくとも優秀なお前に罰を与える暇など今はないのだ。我も魔王様に報告に行かねばならぬしな。その間、お前は同胞たちを纏めておいてくれ」
「グロウス様。それでは」
「ああ」
グロウスは失った右手を抑えながら一点を睨む。その方向には人間たちの領土があった。
「今回は我自らが指揮を執る。本気で人間どもの領域に攻めるぞ!!!」
こうして魔族たちは飢えから逃れる為に、これまでにない規模での侵攻をすることになる。その道が、破滅に通じていると知るのはそう遠い話ではなかった……
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