第12話 道具屋さん、新たな仲間を得る

「さて、とは言っても状況はあまり変わっていないな」




 僕はアリィヤの傍に控えた状態で防衛都市マリュケイカの内情を見る。


 あの後、クルデルスさんのパーティーからの聞き込み情報を聞いてみると、やはり魔族が襲ってきたらしい。


 しかし、奇妙なことにそれを見た者は居なかった。念のためにアリィヤに聞いてみるが、



「見ていないわ。ごめんなさいイービル。あなたに魂を捧げると言った私だけれど言えない事もある。でも、これだけは誓うわ。私は あなたに 嘘をつかない。私は見ていないわ」




 と、色々含むところはあるが襲ってきた魔族の事は見ていないらしい。


 ちなみになぜ防衛都市マリュケイカに居たのかは聞いても答えてもらえなかった。言ったら困る事でもあるのだろうか? 自らの命を握っている僕に対して黙秘する理由。少しいたぶってみてもアリィヤはただ悦ぶばかり。別に痛めつけられるのが好きとかではなく、僕が彼女の為にするすべての事柄が愛おしく思えるそうだ。気にはなるがこの際置いておくしかない。それよりも現在、問題は別なところにある。




「勇者様。どうか……どうかワタシをあなたの軍の末席に加えて頂けませんか? なにとぞ……なにとぞお願いします」




 一人の男性が僕に平伏してそんな事を言っている。


 この男性はクルデルスさんのパーティーの人が連れてきた。なんでも、この人はマリュケイカの軍を指揮していたいわゆる司令官的存在だったようだ。



「ええ、ええ、もちろんですとも。仲間が増えるっていうのは素晴らしい事です。しかし、僕たちの軍隊に入るには少し手順が必要でしてね……。グン・シーさんにも了承して頂けると嬉しいのですが……」



 既にこの人の情報は軽くだが手に入れている。



 グン・シーさん。


 防衛都市マリュケイカの知将。攻めてくる魔族をことごとく退却に追い込み、一切の侵略を許さなかったその手腕はまさに神業というべきものだったそうな。



 こんな話がある。



 ある時、魔族が大掛かりな侵攻作戦を始めた。その事に怯えた防衛都市の傭兵が次々と逃げ出し、戦力差は絶望的だった時があったそうだ。噂では、その時の司令官すら逃げ出して指揮系統すらまともにならなくなる所だったらしい。


 そこで残った兵を鼓舞し、指揮を執ったのがグン・シーさんだ。彼は圧倒的な兵力差、個々の力量の差などを前にしながらも諦めることはなかった。



 まず、グン・シーさんは兵や民衆と共に城を出て外で待ち伏せするという野外戦を選択した。これは普通に考えれば下策だ。城攻めには兵の差が十倍ほど必要であると言われている。つまり、それだけ守る側は優位であり、攻める側は不利だということだ。防衛都市であるマリュケイカに関して言えば十倍の兵力差があっても落とすのは難しいかもしれない。


 それなのに、グン・シーさんは籠城戦を選ばず、野外戦を選択した。圧倒的な兵力差である上に、兵力差で結果が決まりやすい野外戦。勝利は絶望的だ。



 もぬけの空となった防衛都市マリュケイカを確認した魔族たちは、敵が逃げたのだろうと考え、まずはマリュケイカを占領した。実際、魔族が来るという知らせに怯えて逃げ出した兵は存在するのだ。誰が近くに潜伏しているなどと考えるだろう?


 魔族たちは占領したマリュケイカで一夜を過ごすことにした。夜が明けてから逃げた敵を追跡すればいい。そう考えていた。



 それがグン・シーさんの狙いだった。



 魔族が戦術都市マリュケイカを占領し寝静まったころ、少数の兵を率いてグン・シーさんはマリュケイカの外周へと藁を大量に積んだ。闇に紛れての行動であり、被害などもないため魔族はその存在に気づくことができない。




 そして準備を整えたグン・シーさんは――防衛都市マリュケイカそのものを爆破させた。




 『守るべきは都市ではない。そこに生きる民草である』とはこの時のグン・シーさんのセリフ。そしてその言葉を証明するかのように、彼は防衛都市を自らの手で破壊した。都市には大量の爆薬と地雷が設置されていたのだ。それをグン・シーさんは発火させた。要は都市そのものを罠としたのだ。



 崩れ落ちる石材、あちこちで発生する爆発。魔族側はパニックに陥る。外に逃げようにもいつの間にか都市の周りは業火に包まれているのだ。無理をすれば突破できないこともないが、ダメージは必至。さらに、大勢の兵の声と大量の旗が見えているではないか。



 『謀られた!?』と魔族側は理解するもすべては遅い。魔族側は統制の取れていない状態で防衛都市を放棄し魔族領域へと退却していった。




 しかし、この時魔族が目にした軍勢は疑兵であった。




 グン・シーさんは民衆にも自軍の旗を振ってもらうように協力させ、更に大勢いるように見せかけるために兵や民衆に必要以上に歓声を多くするようにと徹底させたのだ。



 かくしてグン・シーさんは魔族の進行を食い止めた。その後、しばらくは魔族側も大きな痛手を被ったことから大規模な侵略を仕掛けてくることもなく、その間に戦術都市マリュケイカは民衆の手で復興に至った。


 そしてこの時の功績をたたえられ、グン・シーさんが新たな司令官として着任。以降、マリュケイカを越えた魔族は一人も居ないという。




「分かっています。ワタシにもあなたの奴隷になれというのでしょう? 魔族を屠れるのならばその程度、いくらでも許容しましょう」



 そんなグン・シーさんが僕の軍に入りたいと言っている。断る理由は無いだろう。



「いえいえいえいえ、お友達になろうというだけですよ。奴隷なんてとんでもない。ただ、お友達のしるしにこのイヤリングを付けて欲しい。それだけなんですよ」




 そう言って僕は懐からイヤリング型の小型爆弾を取り出し、グン・シーさんへと差し出す。それをグン・シーさんは受け取るとすぐに身に着けた。




「……正直に言いましょう。勇者様、ワタシはあなたを軽蔑します。ここまでのあなたの行動はある程度把握しています。人の弱みを握り、魔王という悪を倒すためならばどんな悪事であろうと平然と為す。唾棄すべき行為です。しかし、今のワタシを動かすものは魔族への怒り。ただそれだけです。ワタシは今日、全てを失いました。ワタシは……魔族が憎い! 奴らを一匹残らず駆逐したい! 手段の悪辣さに目を瞑れば勇者様の行動は魔族殲滅の為の最善手ともいえるでしょう。だから、ワタシはあなたの力になりたいのです。ワタシの復讐のために、ワタシはあなたの奴隷……いえ、お友達でいる事を許容しましょう」




「それは嬉しいですねえ。お友達が増えるっていうのは良い事です!」




 ……扱いにくいな。


 このグン・シーさんを突き動かしているのは魔族への怒りのみ。おそらく大切な人でも殺されたのだろう。現在グン・シーさんについては調べさせているが、まだ彼の大切にしている物がなんなのかまでは掴めていない。


 既に大切な物が奪われてしまったであろうグン・シーさんはその原因を作った魔族に対して力になってくれるだろう。そもそも軍師のように軍隊を指揮する存在は欲しいと思っていたのだ。渡りに船であるともいえる。


 しかし、目的を達成し魔族という敵を滅ぼしつくしたらグン・シーさんはどうするのか? 可能性の話だが、僕へと反旗を翻すかもしれない。こういう人間は自分よりも他者に価値を見出す。僕には微塵も理解できないのだけど、そういう人間がこの世には少数ながら存在するのだ。そういう人間には僕の爆弾は通用しにくい。特に、グン・シーさんのような場合だと特にだ。そしてグン・シーさんと知恵比べをしても残念ながら勝てる自信はない。相手は知将なのだ。




 魔族の殲滅をあえてしない。もしくは、魔族を殲滅した時にグン・シーさんを殺してしまう。まぁこの辺りの案が無難だろう。そうだね。魔族との戦いが終わればグン・シーさんに用はない。頭の切れる人には居なくなってもらった方が都合がいい。



「フフ」




 背後から笑い声が聞こえる。


 振り返ってみるとそこにはアリィヤが居た。彼女は熱っぽい視線で僕を見つめている。




「どうかしたの? アリィヤ」



「いいえ? 別に? イービルは素敵ねって思っていただけよ?」




 微笑を浮かべながらそんな事を言う彼女。まぁいいか。




「さて、グン・シーさん。実は僕、魔族って見たことがないんですよ。どんな姿かたちをしているんですか? 戦闘能力だけではなくその生態。心と呼ばれるものがあるのか等、分かることがあれば全て話して頂けるとありがたいです」



「畏まりました。私が知っている情報は全てお伝えしましょう」




 グン・シーさんに魔族について色々と教えてもらった。



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