第9話 道具屋さんは訝しむ


 ……ヤバイ。

 まだこちらの戦力は整いきっていないと先ほど思ったばかりだ。この状態で魔族の軍勢と戦うのはすごーーくヤバイ。

 しかし、ここで逃走を決め込むのはもっとヤバイ。魔族領域から流れ込んでくる魔族は次第に増加することはあっても減ることはないだろう。戦力差は開くばかり。そもそも、魔族を相手に逃げ出したなんかしたら軍の士気は低下してしまうだろう。



 ――やるしかないか。

 そうと決まったらまずは防衛都市マリュケイカに斥候を放とう。そもそも、まだどういう状況かもわかっていないんだ。重要なのは情報である。


「クルデルスさんのパーティーで少し見てきてもらってもいいですか? 補佐で騎士団や山賊の方を連れて行っても構いません。まず、何が起きているのか。それを調べて来てください」



「分かりました! 行くぞ、みんな!」



 そう言ってクルデルスさんは自分のパーティーメンバーだけで煙の上がっている戦術都市マリュケイカへと走っていく。まぁ、斥候だからね。息の合ったメンバー且つ少人数で行くのは当然かな。



「それじゃあ僕たちも向かいましょうか。すぐに動けるように戦術都市マリュケイカの付近までは行きます。異存はありますか?」


「いえ、ありません」

「俺らも問題ありやせん」


 お姫様とカフテルさんの了承も得たので、僕たちは馬をゆっくりとマリュケイカへと向かわせる。もちろん、僕は何かあった時にすぐ逃げられるように一番後方に位置している。僕が死んじゃったらみんなも死んじゃうからこれはみんなの為でもあるのさ。



 しばらくして、クルデルスさんのパーティーメンバーの一人が戻ってきたと報告を受ける。僕の所まで通すようにと指示を出す。



「し、失礼します」


 クルデルスさんのパーティーメンバーの……名前はなんて言ったかな? そうそう。確かマリンさんだ。


「どうぞどうぞ。それで、マリュケイカはどうなっていましたか?」


「マリュケイカは壊滅していました。僅かに生き残っている人も居ますけど、都市としてはもう機能していません。それと……少し問題がありまして……」


「問題?」


「はい。私たちが到着すると同時に一人の女の子が突っかかってきて……イービル様に会わせろとしつこいんです。いかか致しましょうか?」


「ほう。女の子ですか。まぁ会ってもいいですが……危険はないのですか? そもそも、都市が壊滅状態と言っていましたが原因は何なのですか?」


 普通に考えれば魔族が襲ってきたからだと考えられるのだけど、そんな報告は受けていない。そもそも、魔族が居るのならばこんな悠長に報告に来ないはずなんだ。つまり、他に理由がある?


 マリンさんは「それが……」と言葉を濁し、


「分からないんです」


「分からない?」


「――はっ、はい。き、聞き込みなどはまだ十分ではありませんがしました。しかし、都市に居た人々にも理由が分かっていないのだそうです。『いつの間にか都市が壊滅していた』『屋内から出たら都市が壊滅していた』という答えしか今のところ得られていません。もう少し詳しく調べてからイービル様にお伝えした方が良いかとも考えたのですが、分かっている情報だけでもと思い、こうして私のみが報告に参りました」



「素晴らしい! その判断は正解だと僕も思いますよ。ああ、ああ、そんなに怖がらないでくださいマリンさん。私たちは仲間じゃありませんか。何を怖がっているというのですか。私があなたに酷いことをするとでも? いえいえまさかそんな。する訳がないじゃありませんか。仲間とは支え合うもの。あなたが私の為を思って行動する限り、私もあなたの事を支えて差し上げますよ。……あなたが私の為を思って動く限り……ね」



「……ありがとうございます」



 さて、とは言ったもののどうしようかな。

 斥候を送り込んで、とりあえず差し迫った危険がなさそうだという事は分かった。それは良かった。幸運だろう。だけど、まさか都市が落とされた理由が分からないなんていう展開は予想していなかった。

 それと気になるのは報告にあった僕に会いたいと言っているらしい女の子の事だ。その都市の住民だろうか? ならば、僕に会いたいと言っている理由はなんだろう? 都市の復興の援助要請? もしくは、都市が壊滅した事で食い扶持ぶちがなくなったから拾って欲しいなどかな? いや、待て。そもそも――



「その女の子には僕たちがどんな集団なのか伝えているんですか?」


「伝えていません。なにせ、到着してすぐにあちらから接触してきて『あなたの飼い主に会わせなさい』とクゥ……クルデルスに言ってきたのです」


「飼い主? クルデルスさんに対してその女の子はそう言ったのですね? こちらが何かを言う前に」


「はい。その後、その子の対応はクルデルスに任せて他のメンバーには住民への聞き込みを続けてもらっています」





 ……ますます奇妙だ。

 なぜクルデルスさんを見て飼い主が居ると分かったのだろう? 確かに彼は僕の渡した首輪をつけている。しかし、それだけが理由なのか? ただのファッションかもしれないじゃないか。

 ……駄目だ。その女の子の正体も、目的も現時点では分からない。


「その女の子は武器などは所持していましたか? あなた達から見て強そうでしたか?」


「は? い、いえ、特に何も持っていませんでしたし、ただの住民かと思われます」


「ふむ」


 凄腕パーティーの一員であるマリンさんから見て危険がなさそうなら会ってもいいかな。僕の命が危険にさらされるっていう事はつまり彼女たちの命も危険にさらされるって事だ。嘘は言わないだろう。



「分かりました。連れて行ってください」


 僕は防衛都市マリュケイカで僕に会いたがっているという女の子とやらに会う事にした。


「畏まりました。こちらです」



 そうしてマリンさんの案内の下、僕を含めた軍は防衛都市マリュケイカへと向かう。

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