第2話 道具屋さん、山賊さんとお話しする
そこからの旅はとても快適だった。
僕の命が失われればお姫様の命も失われる。そのおかげで僕が戦闘に参加することは全くなかった。
僕の出番はそういう所じゃない。もっと別の所だ。
それは……
「さて、どうしますか? 山賊王のカフテルさん」
ここは小さな山小屋。中には古びた椅子に腰かける僕。その目の前には鎖で四肢を封じられた状態で地べたに転がっている一人の大男。
鍛えていることが一目見れば分かるほどの猛々しい筋肉。黒く日焼けした四肢。そして、カタギの人ではないと象徴するかのように付けられた頬に刻まれる×印、狂暴そうな面構え。彼の黒い瞳が僕を射殺さんばかりに見つめる。
「……殺せよ……」
「潔いですね。しかし、後の事を考えているのですか? あなたが死んでしまえば後を残された部下の方々はどうなるでしょうね? もともと卑しい人たちです。すぐに死刑になるか……もしかしたら奴隷のような扱いを受けるかもしれませんね。ああ、そうだ。魔王を倒すとき、肉の壁くらいには使えるかもしれませんね?」
僕の出番はこういう場面だ。
お姫様の下につく騎士の人たちも頼りになる。だけど僕は思うんだ。戦力は多ければ多いほど良いと。
この山賊王のカフテルさんは縄張りを通る僕たちを排除しようとやってきた。山賊とはいっても練度は高いみたいでそのまま騎士の人たちとぶつかっていたらこちらもただでは済まなかっただろう。
「てめぇ……きたねぇ真似しやがって……」
「山賊王さんにそんなことを言われるなんて光栄ですね」
きたない真似。まぁその通りなのだけど戦略と言って欲しい。
カフテルさんが襲ってきたあの日、僕は騎士団の人たちに命令してその場をすぐに離れた。縄張りから離れるならとカフテルさんもそれ以上追う事もなく、彼の部下の人たちは逃げる騎士団をあざ笑っていた。
そして、そこで勝負はほぼついていた。
それから僕は騎士団の人や周辺の町の人にお願いをして回った。山賊の縄張りに誰も近づかないようにだ。入った人は山賊とみなして切り伏せられちゃいますよ? とそれは親切にお願いしたものだ。
そして山賊の縄張り辺りに続く水源に毒を蒔いた。もしかしたら周辺の村にも影響があるかもしれないけど大事の前の小事だ。それに命を奪うような物じゃないから問題ない。もっとも、小さな子供が飲み続ければ危ないかもしれないがそれは保護者の責任だ。僕は悪くない。
後は一か月くらい待つだけ。縄張りから出てくる山賊は一人残らず騎士団の人たちに捕らえてもらった。いくら訓練されていても、不意を突かれ、体調も万全ではない状態では騎士の人たちにかなう訳もない。無力化して生け捕るのは騎士にとって容易だった事だろう。
「しかし、きたない真似ですか……心が痛みますね。僕はあなた方の命を散らせたくないと思って力を尽くしたというのに……。ああ、心が痛いです。……そういえば捕らえた人たちの中にあなたの事を父と慕う娘がいましたね。彼女に慰めてもらおうかな? ああ、そうだ! 騎士団の人たちにも頑張ってもらいましたからね! 彼女に少し頑張ってもらうというのはどうだろう? ねぇカフテルさん。良い考えだとは思いませんか?」
「――なっ、やめろ! 娘はまだ九歳だぞ!? 正気か!?」
「ああ――やはり娘さんだったんですかぁ? なんという僥倖! 親であるあなたが死んでしまえば僕は誰に責任を追及すればいいんだっ!? ――と考えていましたが……そうですよねぇ。親であるあなたが死を選ぶというのであれば娘さんにあなたがやった事の責任を取ってもらえばいい。当然だとは思いませんかカフテルさん?」
「てめぇ……本当に人の子か?」
「ああっ!! そんな事を血も涙もない山賊王のカフテルさんに言われるなんてっ!! 傷つきました。えぇ、僕は傷つきました。これはもうあなたの娘さんに慰めてもらうしかありませんねぇっっ!! 先ほど九歳と仰っていましたが……よかったじゃないですか。おそらく生理は来ていないのでしょう? 望まぬ子を産むという悲劇は起きませんよ。あぁ、良かった良かった。それでは――――――失礼します」
僕は拘束したカフテルさんをその場に置いて、スキップしながらその場を離れようとする。が、
「まっ、待てっ!!」
「はい、なんでしょう?」
振り返って拘束されたカフテルさんの元までぴょんと跳ね、着地。俯いているカフテルさんの目を下から真っすぐ見つめる。
「――っ」
「なんでしょう? と僕は聞いているんです。特に何も無ければ僕はこれから女の子と少し親密になりに行きますが……どうなんですかっっ!?」
「てめぇ……なんなんだよその目は。何も信じてねえっていうその面。そのうすら寒い丁寧語。なんなんだよお前はっ!?」
何も信じていない? 失敬な。僕は信じているよ。
弱みを握られた人の弱さを。暴力に屈する人の弱さを。人の弱さを僕は信じている。
そして――弱さが原因で人は損をする。
僕はもう損はしない。弱みを握り、暴力で人を従えて得する側の人間で居続ける。
「心外ですねぇ。僕は交渉が円滑に進むように笑顔を忘れず相手と接し、丁寧な言葉を使っているというのに……」
「笑顔ってのはその作り笑顔か? ハッ。そんなツラァ見ても胡散臭い奴だとしか思わねぇよ。どんだけ表情を偽り、言葉で飾ってもよぉ、てめぇの全てを見下したどす黒い瞳が言ってんだよぉ! 『自分はクズです』ってなぁっ!!」
「……そうですか」
僕は常に浮かべていた作り笑顔をやめる。あぁ、しかしいけないね。やめた方がむしろ違和感あるや。人と接するときは基本的に笑顔でいるからなぁ。
「――っ」
「あぁ、しかしカフテルさんは勇敢ですね。娘さんを人質に取られ、自身も部下も全員捕らえられてもそんな毅然な態度が取れるなんて……跪かせてやりたいですねぇ」
「……」
「だんまりですか。あぁ、それは残念ですねぇ! 僕は――あなたと――もっともっともっともっともっと語り合いたいというのに残念ですよぉぉぉぉ! ああ、しかし時間は有限ですね。交渉が決裂したのならばさっさと立ち去らねばなりません。ああ、しかし僕はとても傷つきました。この傷は埋めなければなりませんね……そうだっ! カフテルさん。あなたの娘さんを――あなたの――目の前で――犯しましょう」
「ぐっ――」
「騎士の中にも低俗な人間は居ます。その方達も混ざってもらいましょう。泣き叫び、助けを求め、絶望していく。アハハハハハッハハハハ。凄いですねぇカフテルさぁん! 娘さんのそんな姿を見れる父親なんていないんじゃありませんかぁ!? なんだったら全てが終わった後カフテルさんが娘さんを犯すのなんていいんじゃないでしょうかねぇ!? とっっっっっっても面白いと思うんですよぉっ!」
「ざっけんなぁ!! させねぇぞ! そんな……そんな真似させるかよぉ!」
「おぉ、勇敢ですねぇカフテルさぁん。しかし、どうするって言うんですか? 鎖で四肢の動きを封じられ、そうでなくとも毒を摂取したその体では満足に動くこともかなわないでしょう。その状態のあなたに何ができるのですか?」
「たとえ体が動かなくても、この牙でてめぇの喉笛へとくらいついてやらぁっ!!」
がしゃがしゃと鎖を断ち切ろうともがくカフテルさん。しかし悲しいね。現実っていうのはそんなに都合よくはいかない。牙を突き立てるどころか僕の元まで辿り着くことも出来ないだろうね。
「それじゃあ……娘さんを連れてきますね」
「クソ……動けよ……動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
僕はスキップしながらカフテルさんの娘さんを探しに行った。
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