201×年10月29日

 文化祭、当日。


 本日は晴天にも恵まれ、客足も例年通り好調だった。

 裏方で仕事を終えた俺は、当日フリーだ。なので様々な学年の出し物を見て歩いていた。


 ちなみに、うちのクラスは占いの館とかいう胡散臭いものをやっている。中身はフィーリングカップルやらおみくじやらと、割とカオスな空間だ。

 十人十色の出し物が校舎を彩るが、俺の向かう場所は一つだ。姫島のクラスが行う演劇は、体育館で行われる。確か、舞台の袖で着替えも全部行うはずだから、既に教室には誰も残っていないだろう。


 体育館へと足を運ぶと、物凄い人だかりだった。たかが素人の演劇に、何をそこまで期待するものがあるというのか。

 演劇が始まるまで、あと数分。十五分程度の内容なのですぐ終わると思うが、念のため、薬を飲んでおいた。あまり効果は感じられないが、一応な。


「おっ」


 しばらく待っていると、アナウンスが流れた。これから姫島たちのクラスの劇が始まる。


 舞台の幕が上がった。


『むかーしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさん、並びに、飼い犬のポチ、竹から生まれたかぐや姫、金太郎と竜宮城の亀と川から拾った桃が住んでおりました』


 出だしの不穏な口上はともかく、内容は一学生としては中々の出来だった。本当に十五分でまとめきれるのかと思いきや、テンポよく物語は進み、ついに姫島の出番……雪女の登場と相成った。


 白い着物に身を包んだ姫島が、舞台に現れる。


『私は雪女。桃太郎さん、その御腰につけたきび団子、一つ私にくだされば仲間になってあげないこともないんだからねっ』


 にわかに客がざわめきだした。その内訳は、ぶれっぶれなキャラのセリフにではなく、彼女の容姿に対してだ。


「すげー、あれコスプレ? ウィッグだと思えねぇ完成度」「声も田村ゆかりに似てるし」「めっちゃ可愛い……本当に日本人?」「えっ、田村ゆかりじゃん?」「あとで話しかけられねぇかな」「ほぼ田村ゆかりだよな」


 驚きはしているものの、ネガティブな意見は全くといいほど見られなかった。姫島の往来の性格もあってか、クラスに馴染むのも早かったし、人に好かれる才能はあるのかもしれない。


『桃太郎さん……私、あなたのことが』


 終盤でのラブコメ展開には少しだけモヤっとしたが、ともあれ、劇は成功を収め大団円で幕を閉じた。


 舞台の上で腰を折る演者たち。その中で一人、雪女はキョロキョロと客席を見渡す。そして俺を見つけた瞬間、ニッコリと微笑んだ。

 俺は彼女の素晴らしい演技を称えるため、人一倍大きい拍手を送った。




――




「凄かったよーヒメ! まさに熱演って感じで!」

「っていうかさ、姫島が出てきた瞬間、露骨に『ザワッ』てなったよな!」

「俺なんてさっき『あの雪女の人って誰ですか』って聞かれたよ」

「インパクトは十分だったね。やっぱヒメは可愛いからなー!」

「あっ、ありがとうございます。私も嬉しいです。……と、ところで、夢寺くんって来てますか?」

「あーはいはい夢寺ね。ヒメはすぐ夢寺くん夢寺くんだもんね。どうせ来てるでしょ……えっ? いないの? 林田ー、ちゃんと確認した? いつも廊下でチラチラ見てんのに今日に限っていないワケないじゃんさ」

「じゃ、じゃあ! あの、探しに行ってもいいですか」

「え? んー、まぁ今日はこれで終わりだからいいけど」

「そうだ、姫島、打ち上げには絶対来いよ。カラオケの大部屋借りて派手にやろうって話になってるからさ、なんなら夢寺も誘っていいぜ」

「はい、わかりました! 必ず行きます!」




――




「おっ、姫島。どうしたその恰好……ああそうかお前のクラスは劇だったな。雪女か、ピッタリだ」

「こ、こんにちは先生。あの、一つ聞きたいのですが……夢寺くんを見ませんでしたか?」

「夢寺? そうそう、俺も夢寺を探しているんだよ。姫島もアイツを見つけたら俺に連絡をくれ」

「えっ、先生もですか」

「ん? まぁ、大した用じゃないんだが……いや言っておくか」

「? はい、伝えておきます。なんですか?」

「……アイツさ、最近ほとんどの授業出てねぇんだよ。俺の体育ならまだしも、現国も数学も日本史も、全部な」




――




「夢寺くんっ!」


 校舎を出る直前、聞きなれた声が俺を呼び止めた。


 振り返ると、真っ白な髪をぼさぼさに振り乱して、息も荒くした姫島が立っていた。


 人の出入りも多い場所だからか、彼女の容姿を見て噂する声も聞こえる。


「ああ、姫島。劇見たぞ。やっぱりハマリ役だったな。お前、演劇部とかも向いてるぜ」

「夢寺くん、最近、授業ほとんど出てないって聞きました」


 俺の話題提起を無視し、姫島が率直に要件を述べる。


「どうしてですか。もう私の為に、保健室へ来る事もなくなったじゃないですか」

「ああ、そういうことか……実は授業を受けるよりも自分で学んだほうが効率が良いことに気づいてな、それで」

「テストの点数。いつも満点の夢寺くんが、初めて六十点台を出したそうですね。担任の先生が言ってましたよ」

「…………ああ、そうだっけか」


 反論が思いつかなくて、適当に言葉を濁した。


「出席日数も足りてないそうです。このままじゃ、留年もあり得るかもって」

「それは……困るな」

「夢寺くんは、本当の不良さんになる気ですか」


 まるで痴話喧嘩か何かと勘違いした来場者が、俺と姫島を遠巻きに見ていた。

 姫島も容姿の物珍しさからか写真を撮られそうになっていたので、場所を変えるべく彼女をつれてその場を離れようとする。


「……分かった。また今度、詳しく話すから。とりあえずここを――っ」


 瞬間、抗えない睡魔が俺を襲う。脳がフラつき、その場に倒れ込みそうになる。


「……? 夢寺くん、どうしました」


 姫島が俺を心配し、歩み寄ってくる。


「来るなっ」


 手を突き出して、それ以上近づくなと言外に伝える。

 しかし、それでも姫島は足を止めない。


「やっぱりどこか身体の具合が悪いんじゃ……」

「違う、違うから……」

「見ればわかります。明らかにおかしいです」

「頼む、今日はもう……帰らせてくれ」

「今にも倒れそうじゃないですか」

「頼むから、それ以上……っ」

「夢寺くん……」


 姫島が、すぐ傍にやってくる。


 俺は声を張り上げた。




「近づくなって言ってるだろ!! 俺のことは放っておけよ! ウザったいんだよお前!!」




 手を薙いだ。


 姫島の柔らかい肌に、爪が掠った。


 淀む視界の端、彼女の手の甲に傷が走ったのが見えた。


 やっちまったと後悔の念で胸がいっぱいになる。


 恐る恐る、俺は顔を上げる。


 姫島は真剣な眼差しを俺に向け、硬く結ばれた唇を動かした。




「……放っておけるわけ、ないじゃないですか」




 姫島が、俺の身体を支えるように腕を回す。


 小柄で華奢な体躯が密着し、心臓の鼓動すらも感じそうになる。


「だって夢寺くん、友達がいないから」


 姫島は、冗談でも言うように笑って――俺は、ゆっくりと目を閉じた。

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