201×年10月22日

「知っていますか夢寺くん。どうやら最近の私たち、カップルだと思われているようですよ」


 姫島の不意の言葉に「ブフゥッ」とコーヒーを噴き出す俺。

 生徒の少ない校舎裏だったからよかったものの、教室でやってたら顰蹙を買っていた。

 それもこれも姫島が変なことを言い出したからだが。


「か、カップル? なんでそんなことになっているんだよ」

「さぁ、私にもよく……。精々こうしてよく人目を盗んでは私が作ったお弁当を食べて貰っているくらいなのに」

「ああ、俺にも皆目見当がつかん。それにしても姫島、お前、料理上手くなったよな。一ヵ月前までは卵焼きですら怪しかったのに」


 普段、基本的に飯は一人で食うのが当たり前だった俺にとって、いきなり多人数で弁当を食うのは如何せん勝手が分からなかった。

 食えばいいのか喋ればいいのか、どっちつかずのデッドロック状態になってしまう。

 結果、こうして一人で食える場所を探しているうちに、姫島がついてきたというワケだ。


「というか姫島、俺なんか気にせずクラスの奴らと飯食えよ。誘われてるんだろ?」

「そうなんですけど……『夢寺くんもご一緒によろしいですか?』と訊くと毎回『じゃあ二人きりのほうがいいかな?』と返されてしまいまして」


 ……俺嫌われてるんじゃね? 一ヵ月前に「俺、嫌われてないんだ」ってちょっと感動してたのに、評価逆転してんじゃん。

 俺がコミュニケーションの難解さに頭を抱えていると、露骨に姫島がモジモジとしだした。


「……ゆ、夢寺くんはどう思いますか」

「ん? 何が」

「その、カップル、とか言われて」


 俯きがちに目を逸らし、呟くような声音で姫島が問いかける。


 カップル、カップルねぇ。


 まぁ姫島と二人でボーリング行った時もカラオケ行った時も映画見に行った時も、だいたいそれらしい視線を感じ続けていたからなぁ、今更恥ずかしがるようなことでもないか。


「それだけ仲の良い関係に見えてるんだろ。むしろ嬉しいくらいだ」

「そ、そうですか」


 顔を赤くして自分の弁当へと視線を落とす姫島。

 姫島、ずっと友達が欲しいって言ってたもんな。俺なんかじゃ大したことはやってあげられねぇけど(BBQとか炭に火つけられないし)、できる限りのことはさせてあげたい。


「そんなことより姫島、お前、進路はどうするんだ? 過眠症も治ったし、大学進学も夢じゃなくなっただろ」

「そう、ですね……とりあえずはまだ、保留ですけど。たぶん、その、ええと」

「なんだ? 別にバカにしたりしねぇから、言ってみろよ」


 ごにょごにょと口の中で何度か反芻し続けていたが、ややあって姫島は弁当から視線を上げた。



「夢寺くんと同じ大学に、行きたい、です」



 俺の目を見て言い放つ。

 白い肌が紅潮し、恥ずかしがっているのがよく分かる。

 口元はキュッと結ばれていて、緊張しているのが見てとれる。


「夢寺くんと一緒のサークルに入りたい、ので……」

「そ、そうか……」


 思わず俺も恥ずかしくなって、顔が熱くなる。心臓の鼓動が耳元でよく聞こえた。


「だから教えてください! 夢寺くんは、どこの大学に行きますか? 学部は? 文系ですか、理系ですか? で、できれば、文系で、あまり偏差値の高くないところがいいですけど……夢寺くんと一緒なら、スタンフォードでも、ケンブリッジでも、ハーバードにだってついていきます!」

「……俺は、」


 言葉を止め、黙考する。

 姫島は、そこまで地頭は悪くない。

 この一ヵ月、高校レベルの勉強を教えていても、つまったところは一つもなかった。

 俺が進もうとしている医学部だって偏差値七十はザラだが、姫島なら不可能ではないだろう。


 ……だから俺は。



「……姫島と、同じ大学に行きたい」



 俺の言葉に、姫島は目を丸くして固まった。

 と、ここで緊張の糸がほぐれたのか、姫島は相好をふにゃりと崩した。


「もう、なんですか、それ……」


 怒ったような安心したようなどっちつかずの表情で、姫島は弁当を食べるペースを速める。昼休みの終わりも近かった。


「すまねぇな姫島」

「全くですよ、もう。早く戻って、文化祭の準備を進めましょう。夢寺くんのクラスは大丈夫なんですか? あと一週間しかないんですからね」


 弁当を仕舞い、立ち上がる。俺は姫島の後ろについていった。

 校舎に向かうまでの間、俺は眠気に耐える為に、人差し指の爪を思い切り親指の爪の間に差し込んだ。鋭い痛みが俺の意識を現実に戻してくれる。


 ……本当にすまねぇな、姫島。


 俺の人生のゴールは、大学まで無いかもしれん。


 既にこの時、俺の一日の睡眠時間は、二十時間を越していた。

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