最終話 新しい英雄譚?の始まり

 久しぶりの本国はうだるような暑さだった。

 転移魔術で瞬間的に移動した私たちは慌てて分厚いコートやセーターを脱ぎ捨てた。


「ああーーーっ! 懐かしの本国!

 素敵! 山の頂にすら雪がかかってない!」


 ローザは両腕を広げて眩しい陽射しに身体を晒している。


 私とローザはユキに連れられて転移魔術で帝国の南部地域にある街に移動した。

 もう北面でやるべきことはないと思ったからだ。

 と言っても本国に戻るというわけではない。

 ここからまた旅を始めるのだ。

 帝都に戻ってこいと言ってくれたサンドラには悪いけれど、ナイツオブクラウンをはじめ強力な騎士団が常駐するあの街にも私のやるべきことはない。


「おおーーっ! 南部なんて熱くてジメジメしているイメージしかなかったけどなかなかいい男多いじゃない!

 小麦色の肌をした屈強な男子ってのも素敵ね!

 ちょっくら品定めしてくる!」


 そう言ってローザは階段を転がるように駆け降りて行った。




「元気なお嬢様だね……」

「やっぱりアイツだけ帝都に送り返せば良かったかな」


 私が愚痴気味にそう言うとユキは首を振った。


「君は一人じゃない方がいい。

 できれば私がついていきたいけれど……」

「は?」

「……がついていきたいけれど」


 慣れない感じで俺と言うユキを見て笑ってしまう。


「言わせたのは君だろう」

「いや、こんなに似合わなくなってるとは思わなかった。

 無理もないか。お前は忠臣にすら女と間違われるくらいだからな」


 あの日、死にかけていたアグリッパはユキを見るなり「ハァハァ、サラサ様〜〜〜!」と蠢いていた。

 ユキの治療が間に合ったのは良かったがあまり気持ちのいいものではなかった。

 嫌われてるし二度と会いたくない。


 さて……ローザは気を利かせたのか、素なのか分からないがここにいない。

 少し高い建物の屋上にいるだけと言うのに周りに人はおらず、街の喧騒も下界のこと。


 二人きりだ。


「じゃあな。ユキ」

「やけにあっさりだな」

「なんだ? お前がやったみたいに殴り倒してほしいのか?」

「あれは君が襲いかかってきたからだろう」

「じゃあ、今度はお前がかかってこい。

 私も鍛えたからな、今度は負けない――――んっ!?」


 ユキは私の隙をついて襲いかかってきた……

 一瞬で距離を詰められて、唇を奪われてしまっている。


 やられたな……まあ、いいか。

 今回も負けておいてやる。


 私はユキの首に腕を回し、身を任せた。




「コウ……今だからいうけど昔の君は危なっかしくて見ていられなかった。

 いつか君が死んでしまうのをのが怖くて」

「だから俺を目に映らないようにしたかったのか?」

「浅はかだけどね」

「じゃあ、今の俺はどう映っているんだ」

「…………内緒だ」

 


 

 

 別れのやりとりを終えたユキは次の北面総督を迎えにいく為、本国に飛んでいった。

 どんな人が来るかは分からないがまともな人間が来てくれるといい。


 一通り街を散策し寝床を確保した私とローザは冒険者ギルドの前に立っている。

 冒険者登録をして依頼を受けながらこの地域の情報を収集するためだ。

 帝国の南部地域は異国との交流が盛んで活気のある地域だが治安は悪い。

 魔物だけでなく人間にまで注意を払わなくてはならない。


 つまりこの地には英雄を必要としている人がいる。

 だから私は新たな冒険の始まりの地をここに定めた。


「それにしても意外だな。

 ローザが私について来るなんて。

 実家に帰ることもできたんだろう」

「今更実家に帰って縁談を待つ暮らしなんてできないわよ。

 二十歳目前の家出帰りの娘なんて安く買い叩かれるのがオチだし。

 だったら危なっかしい親友のお守りをしている方がマシでしょう」


 そう言ってニコリと笑みを投げかけてきた。

 往来の人々を次々に振り向かせるほど魅力的な笑顔。

 私も人のことは言えんが上手に生きられない女だと思う。

 だが、心強い。




 勢いよくドアを開けると建物の中を埋め尽くすように荒くれ物がたむろっていた。

 女二人、しかも一人はこんな場が似つかわしくない美女ということもあって一瞬で注目を浴びる。

 当然下卑た視線や陰口も聴こえてくる。

 その程度のことはあまり気にもならないが、目の前に立ちはだかられるとそうはいかない。


「やあやあ別嬪さん。ここは娼館じゃねえぞ」


 二メートルはあろうかという大男が私たちを見下ろして嗤う。

 すると周りの連中もそれに釣られるように笑った。

 ため息を吐きながら私は言い返す。


「知っている。私たちは冒険者だ。

 これからよろしくな、先輩」

「冒険者ぁ!? テメエみたいに細っこい小娘が!?

 ハッ! この辺りも随分お上品になったもんだ!

 おい! お前らの中でダンス踊れるような小洒落た奴はいるか?」


 ドッ、と湧き上がるように笑い声で建物の中がいっぱいになった。


「男漁りなら別でやりな。

 今なら笑い話にしてやれる」


 そう言って私の頭を押さえつけるように荒っぽく撫でた。


 高圧的ではあるが見ず知らずの女たちを逃がそうとしてくれるあたり話は通じるのだろう。

 周囲からも一目置かれている印象だし、わざわざ喧嘩を売る必要もないか――――


「男漁りぃ! 見くびらないで!

 誰がこんな下品で野蛮で汗臭い吹き溜まりに屯っている輩を漁るものかしら!

 お風呂入って爪磨いて出直しておいで!」

「ローザアアアアアアッ!?」


 安い挑発に煽られて周囲の男達が怒声を発する。


「あ? ノコノコやってきてなんだその言い草は!!」

「ナメてんじゃねえ! 舐めさせんぞ!」

「素っ裸にしてボコボコにしてやれ!!」

「あ、俺そっちの目つき悪い方が良いな」

「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」


 ローザはすでに涙目になって私に救いを求める。


「私……またなにかやっちゃった?」

「お前もう帰れよ」


 はああああ……と大きなため息をついた。

 目の前の大男も流石にカチンときたようでローザの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばしてきた。

 だが、


「そう簡単に《触らせはしねえ》よ」


 男の手首をガッチリ握って動きを止める。

 すると男は驚いたような顔で私を見た。

 九割九分ローザが悪いと思うけど……第一印象は肝心。

 特に今は女だということを隠してもいないし舐められないようにしないと。


「スマン。今度一杯奢るから許してくれ」

「は――――うおぅ!?」


 掴んだ男の腕をそのまま引っ張り、投げ飛ばした。

 その巨体は勢いよく建物の壁の方まで吹っ飛んでいき、テーブルや椅子をなぎ倒してようやく止まった。

 さっきまでと打って変わって静寂が訪れるが私に注がれる視線はより一層強くなった。


「わお! さっすがコウ!

 並の冒険者じゃ相手にならない――――あ痛ぁっ!!」

「お前はちっとは反省しろっ!!

 今度似たような真似したら裸で土下座させるぞ!!」


 ローザの頭に拳骨を落としてそのまま床に頭をつけようとした。

 だが、そこは腐っても名門貴族。

 以前とは違い身体を鍛えることもしているローザの底力は私を上回る。


「裸で土下座ぁ!?

 随分なこと考えてくれちゃうじゃない!!

 ユキ様に言いつけてやるから!!」

「おい! 迂闊にユキの名前を出すな!

 そもそもユキは関係ないだろ!!」

「関係なくなんかありませーん!

 私がいなくなったのをいいことにお日様の下でキスしてた仲でしょうが!!」

「ああああああああっ!?

 お前! 覗き見してやがったな!!」


 ギルドのど真ん中で掴み合い髪を引っ張り合いの大喧嘩を披露した。

 新しい冒険の門出としてはあまりに締まらないものになってしまったが、出だしは悪いくらいでちょうどいい。

 いずれ何かを為すことができれば今日の出来事も含めて必要なことだと思えるようになる。

 強い想いを持って生きていく生涯に逆転劇はつきものだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その英雄譚は逆転劇〜俺を捨てた幼馴染を英雄になんかさせない〜 五月雨きょうすけ @samidarekyosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ