第40話 悪党たち(ヨシュア視点)

 結局、英雄たるナイツオブクラウンは魔神を討つどころかか弱い女性に子どもを殺させるお手伝いをしただけってわけだ。

 情けなくって涙が出そうだね。

『完璧な』なんて大嘘の看板を投げ捨てたくなる。

 だが、そんなことすら自分の意志一つでできないほど情けない俺がここにいる。


 明日、ユキが本国から次の総督を連れて来る手筈になっている。

 引き継ぎが終われば俺はお役御免。

 本国に帰って次の出撃まで気楽な待機生活となる。


 だから、俺は最後にをするため、前総督であるベイリーズに会いに行った。


 総督府の一室に半ば軟禁されているベイリーズは一気に老け込み老人のようになっていた。

 それはストレスによるものというよりも今まで張り詰めていた緊張と溜め込んでいた重責から解放された精神の弛緩によるもののようだ。


「そろそろ来る頃だと思っとった。

 お前は興味を持ったことは徹底的に追求する子どもだったからな」

「何に興味を持たれているかは分かってるみたいだな」


 俺の【看破】の魔眼はとてもいやらしい。

 見た相手の嘘や動揺を見破ってしまう。

 何を隠しているかまでは分からないがそれでもこの眼と洞察力を合わせて使えば相手の心理は掌の中にあるも同然となる。

 女性を口説くのも口喧嘩も負け知らずなのはこの眼のおかげだ。

 ローザ嬢? アレはまた別の次元の生き物だからノーカウントで。


 それはさておき、


「単刀直入に聞くぜ。

 アンタはこうなることが分かっていたのか」


 俺が問い詰めるとベイリーズの顔は一瞬強張ったが、フゥとため息をついて不敵な笑みを浮かべる。


「分かっていたならこんな無様な姿に成り果てていないさ。

 まさかのジェラードの裏切りに魔神ノウスの襲来。

 そなたらが来てくれなければどうなっていたか――――」


 眼が焼けるように痛む。

 嘘をついている奴を見るといつもこうなる。

 だから俺は周りくどいことをする奴は嫌いだ。


「コウちゃんにあのアッシュとやらと暮らすように命じたのはアンタだってな」


 ベイリーズを脅すように顔を近づけて睨みつけた。

 すると彼は目を逸らし追及から逃れようとするがそうはさせない。


「アンタが賢狼ノウスの伝説を知らんわけがない。

 貴族屋敷の地下に監禁されている獣人なんて怪しすぎるだろう。

 報告があったらおったまげて即座に牢屋に入れて然るべきだ。

 なのにアンタはコウちゃんに預けた」


 この策はなかなかにリスクがある。

 一歩間違えばアッシュは解き放たれ、シャッティングヒルを超えてノウスと合流する恐れがあった。

 だが、そのリスクを犯してでもコウとローザの家にアイツを置く価値があった。

 何故ならば――――


「コウちゃん達とアッシュを親密な関係にしておけば魔神となった後も御することができると考えたからだ。

 実際効果てきめんだったぜ。

 アッシュはとてつもない根性で自分の爪や牙が二人に向かうのを押さえ込んでいた。

 世界を滅ぼす勢いで暴れてた小僧が、だ。

 明らかに弱体化していたよ。

 俺とユキが二人がかりでもボコボコにされるような怪物がまるでコウちゃんに「殺してくれ」と訴えていたようにすら見えた」


 俺はベイリーズを執拗に睨みつける。

 すると、奴は悪びれもせず、


「小娘二人の傷心と人類の未来。

 天秤にかけようとすることの方がどうかしているだろ」


 とのたまいやがった。

 さすがに頭にきた俺は罵倒の言葉をぶつける。


「人の良いふりをしていたが、やっぱりお前の中にも薄汚え皇族の血が流れているみたいだな。

 テメエに心酔して死んだ騎士や兵士たちが哀れでならねえよ。

 為政者ってのは詐欺師の別名か?」

「詐欺師? そんな技巧的なものではない。

 為政者とはただの勝負師ギャンブラーだ。

 人の世を終わらせぬために民の命を種銭に博打を打つのが仕事。

 そして吾輩は賭けに勝った。

 ノウスが死んだ今、北面にさしたる脅威は無くなった。

 開拓を進めるもよし、今の街を拡大するもよし。

 帝国の勢力拡大に大いに貢献した。

 褒めてくれて構わんぞ」

「ユキの前で同じことを言ってみな」


 おお怖い、とベイリーズは既になくなっている肩を竦める素振りをした。


 昔は好きだったんだよな。

 俺の親戚の中じゃ数少ない気さくなおっちゃんって感じで。

 でもダメだ。

 幼い頃からギスギスした宮廷政治を見せつけられ暗殺の危険に晒されて育った奴がまともに育つわけなんてないんだな。


 ……だからこそだろう。

 俺がユキに夢を見てしまうのは。

 誰よりも純粋でひたむきな英雄が民の上に立つことができれば……


「吾輩の後釜は誰になる予定だ?」

「興味ないから聞いてねえ。

 ただ保守派の頭の硬いジジイが来るのは確実かな。

 苦労する――――」


 コンコン、とドアをノックする音がした。

 ドアを開けて入ってきたのは政務官の一人だが、顔色が悪い。


「申し上げます。

 新総督がおいでになられました」

「ああ、そうか。

 一応挨拶と引き継ぎはしておかねえとな――――」

「ヨシュア総督っっ!!」


 政務官は突然大声を上げ、泣きそうな顔になりながら懇願する。


「どうかどうかお役目から降りないで下さりませ!!

 我々はあのような得体の知れない者を主人と仰ぐことはできません!!」

「得体の?」


 いかにも冷静そうな彼が取り乱しながら俺に縋り付いたわけを、俺はすぐに理解することになる。




「辛気臭い城ね。あとサムイッ!

 豪奢にしろとは言わないけど快適に過ごせるよう常に火を焚きなさい。

 あとお風呂。

 大浴場じゃなくていいから毎日湯浴みできるようにして。

 身体を冷やしたくないの」


 既に我が物顔で玉座に脚を組んで座っている奴がいる……って!? 

 なんで奴が!?


「ん? あらっ! ヨシュアちゃん!

 お久しぶりぃ」

「近づくんじゃねえ! 殺すぞ!」


 反射的に殺意が湧いて闘気が漏れ出した。

 この世に俺をここまで不快にさせる奴は他にいない。


「まさか……お前が俺の後釜か?」

「そゆこと。流石に遊び人暮らしも飽きてきちゃって。

 私も良い歳だし街づくりでもして遊ぼうかな、って。

 民の命を種銭にするんだから素敵な街にしないとね」


 俺が声を上げたくなるくらい不愉快で人を食ったような態度。

 さっきの話も聞かれてたのか……


「お前がそんなこと気にするタマかよ。

 ああ、既にタマは取られていたかな?」

「ウフフフ……叔父にはもう少し敬意を払いなさい。

 さもないとぶち殺すわよ」


 笑いながら目で射殺す。

 その眼光は俺であっても気圧される程の圧力を持っている。


 アレキサンダー・グラン・デル・ヘルムガルド。

 現皇帝の弟であり俺の叔父にあたる。

 稀代の才覚の持ち主と呼ばれながらも皇位争奪戦に一切関わらないどころか女装して市井に下り、政から全力で逃げた卑怯者。

 表向きの顔はそんな感じだ。


「それにしても運命って素敵だわ。

 幼い頃逃げ込んだ地に英雄として凱旋し魔神討伐までやってのけた貴方。

 わずか数年の間に騎士としても皇族としても最高位に手をかけられる場所にたどり着いたユキ。

 庶民で血統にも恵まれずろくな教育もされていなかった田舎娘が執念だけで英雄となった私の愛弟子。

 それとあのおかしな子。

 私の大好きな四人が巡り合って一緒に魔神討伐しちゃうんだもの」


 ローザだけ扱いが雑……それはさておき、


「保守派を焚きつけてジェラードに謀反を起こさせたのはお前だろ。

 半信半疑だったが今確信が持てたぜ」

「焚きつけた? 意味がわからないなあ。

 皇位に興味がない、というかむしろ関わりたくないもの。

 貴方は私に少し似たところあるからわかるでしょう」


 抜け抜けと嘘をつかずに誤魔化そうとしやがる。

 看破の魔眼が役に立たない。

 つくづくコイツと俺とは相性が悪い。


「たしかに皇位に興味がないのは共通してるかもな。

 だが、アンタみたいに影の支配者気取りで裏組織作って宮廷を掻き回す趣味はないぜ。

 貴族や騎士はもちろん皇族の生殺与奪をも握る帝国の暗部『エテメンアンキ』の長、!」


 奴は顔をしかめてつまらなさそうに拍手する。


「いずれ貴方にはバレるとは思っていたわ。

 もっと劇的に明かしたかったのだけれど」

「お前の悪趣味に付き合うつもりはない」


 皇族で暗殺集団の長で女装男。

 俺の嫌いな要素を全部ぶっ込んで煮詰めたようなクソ野郎。

 死ぬまで関わりたくないと思っていたのにどうやらコイツが種を撒いた畑の上で踊っていたようだ。


「いったいお前は何を考えているんだ?

 地位や富に興味がないくせに権力闘争に手を出す。

 ユキではなくその幼なじみに過ぎないコウに戦う術を仕込む。

 俺程度の頭ではよく分からん。

 説明してくれ」

「あーら、完璧なヨシュア様が白旗を上げるなんて。

 信者ファンの皆様が見たら幻滅するわね」


 嬉しそうにクスクスと広い肩を震わせて笑った後、奴は立ち上がり語り始める。


「ベイリーズは自分の仕事を勝負師ギャンブラーと喩えた。

 勝つ為に手段を選ばない、実にあの人らしいわ。

 だけど、私はそういうのは好きじゃない。

 勝ち負けがあることならばどちらも楽しみたいっていうのが私のモットー。

 だから場を荒らすの。

 シャッティングヒルに穴が空くことで魔神ノウスの脅威をつぶしに行かざるを得なくなる。

 さっきベイリーズが言った通り、ノウスがいなくなれば本格的に北面の開発を進められるわ。

 同時に、この地の重要度が上がる分、いろんな勢力がちょっかいを出してくる。

 コウのことは気まぐれ半分だったんだけど……想像以上に期待に応えてくれちゃって笑いが止まらないって感じね。

 血統にも育ちにも恵まれない女の子が騎士以上に活躍すればこの帝国に蔓延る血統主義の定説が揺らぐ。

 上で踏ん反り返っているものは慌てふためき、下でくすぶっていたものは奮起する。

 高め合うのか潰し合うのか……

 要するに――――」


 奴は俺の耳元で息を吹きかけるようにして囁く。


「私は自分が生きているうちに今までこの世になかったものを見たいだけ。

 納得いただけた?」


 聞いた俺がバカだった……

 コイツは悪意も善意もなくただ世界を乱すだけ。 

 ここに閉じ込めておけるなら本国でうろちょろされるよりは良い。


 俺がここでやるべきことはもう無い。

 コイツならば統治を誤ることはない。

 ベイリーズ以上にキレ者な上、邪魔者は容赦なく排除する。

 あの呑気な皇帝オジキも支援を惜しまないはずだ。


 そう考えて踵を返し歩き始めた俺の背中に奴は声をかける。


「ねえヨシュアちゃん。

 引き継ぎがてら私の愛弟子を呼び出してくれない?

 今回の戦いにおいて最大の戦功を挙げた英雄として表彰するの。

 そうしたら楽しいことになると思うわぁ。

 あの子の英雄になりたいという願望も叶えてあげられるし。

 御褒美は何がいいかしら?

 あ、ユキちゃんのお嫁さんになる権利とかどうだと思う?」


 愛想を振りまくように容易く悪意をチラつかせてくる。

 俺やユキがこの城で何をしていたかは全て筒抜けというわけか。

 だけど、


「知らないのか? 英雄ってのはすごく運が良くて悪党にとっては間が悪いタイミングで動くもんだ」

「へ?」


 奴が初めて素で間の抜けた声を漏らした。

 まもなくコイツは落胆する。

 それを想像することで少しだけ俺の溜飲は下がった。

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