第39話 六天騎士団 その2 (アグリッパ視点)

 コウ小娘達をユキ様の元に送り届けるのに転移魔術を使用した。

 魔法陣で補助を行い、あらかじめユキ様に括り付けた【因果の錨】を使っての発動だったが、その膨大な魔力消費と疲労のため私は床に崩れ落ちていた。

 氷につけられたかのように体は寒く脈も早い。

 こんな命懸けの秘術を馬に乗るかのように気軽に使いまくるユキ様はやはり器が違うのだ。

 サラサ様がこの世に遺して下さった希望の光……


 六天騎士団……その名前の元に集う者も私一人になってしまった。


 ランジェロ、ヴェルディ、モーモント……どいつもロクでもない奴らだった。


 ランジェロは素行も口も悪くおおよそ騎士らしくない。

 ヴェルディは気位は高いがひ弱で腕も悪い。

 モーモントに至っては他人と喋れん上にいてもいなくてもわからん程に存在感が薄い。

 かくいう私もひん曲がった根性と食事の節制することすらできずに肥満体に甘んじている根性なし。


 サラサ様はそういう者達ばかりを集めた。

 あのお方のご趣味なのだろう。

 誰でも育てられる強く美しい花ではなく、自分でなければ枯らしてしまう弱く歪な花をあの方は愛でたがる。

 それが慈愛だったのか好奇心だったのか結局分からずじまいだった。


 ただ一つ、たしかなことはそんなふうにして咲かせて頂いた我々の忠誠は強固であるということ。


 サラサ様は亡くなられた。

 だがあの方の面影を遺す稀代の賢者がこの世にはいる。

 最高の才能と最高の血統と運命をも見通す魔眼。

 気高く穏やかで慈愛に満ちた性分に一筋縄ではいかないナイツオブクラウンの猛者達をも惹きつける魅力。


 我々がサラサ様に育てられたのはユキ様を守り育むためだったのだと思っている。

 だからサラサ様が亡くなった時、あえてユキ様を宮廷の力が及ぶ帝都から遠ざけた。

 反対する者もいたがな。

 今でもあれが正しかったかどうかは判断に苦しむ。

 あの村に逃したことで醜い権力闘争に巻き込まれることも目の当たりにすることもなく、健全な精神を持ったまま大人になられた。


 しかし、あの村に行かなければあの娘に出会うこともなかった。

 あの娘は……コウは危険過ぎる。

 子供の頃に人殺しをしているだけでも関わらせたくない危険人物なのにユキ様がめっぽう惚れ込んでいるから始末が悪い。

 ユキ様はあの娘のためなら何でも投げ出せてしまう。

 皇族としての地位も英雄としての名声も。

 それだけはあってはならない。

 そんなことになったらサラサ様にも殺された騎士団の連中にも顔向けできない。


 サラサ様亡き後、我々の心を支えていたのは一つの誓い――――



 ユキ様を皇帝にする、という誓いだ。



 サラサ様を葬ったのは異常なまでに執念深い皇位継承権争い、しいてはこの国の特権階級である貴族の権力争い。

 その邪悪に対する最大の復讐は奴らの望まぬ皇帝を立てること。

 そして、皇帝の力でこの国の仕組みそのものを変えていただくこと。


 その礎となる為に我々六天騎士団は全てを捧げてきた。

 暗殺や諜報活動を行う帝国の暗部、エテメンアンキに属したのもそう。

 忌み嫌った貴族の権力闘争に加担することになったが、皇室の権力強化を謀る集団を推すことで将来のユキ様のお力になりたかった。

 我々の地位も名誉もすべてサラサ様に与えられたもの。

 ならばその御子息に恩顧の分も加えてお返しするのが筋というもの。


 そして、ユキ様も我々の期待に応えてくれた。

  

 ユキ様しかいないのだ。

 サラサ様の血を引き、誰よりも強く、賢く……そしてお優しいあのお方しか……




 意識が遠のく……もはやこれまでか……


 ああ、サラサ様……


 ユキ様の無事を見届けることすら出来ず命を落とす不忠をお許しください……



 死出の旅に向かう覚悟を決めた、その時だった。


 ボヤけた視界に青い光が広がった。

 光が霧散していくとその場所には四人の人間…………


「アグリッパ! 大丈夫か!?」


 ……ああ…………ああっ!!


「デュフ……サラサさまぁ……」

「何も言わなくていい。

 助かったよ。あなたのおかげだ。

 あなたは私の命の恩人だ」


 ああ……良かった……今度は救えた……

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