第38話 世界を救う力

 あー、やっと言ってやった。言ってやった。

 ずっと言ってやりたかったんだ。

 私が村長を殺した頃からユキは自分のことを私と名乗るようになってしまっていた。

 まるでそれまでの自分を否定するように。

 その考え方にムカついて帝都で一緒に冒険者をやっていた頃はいつもぶつかり合っていた。


 私たちは生きていく限り過去と決別はできない。

 私とローザとアッシュで家族のように暮らしたことも。


 目の前のアッシュは刺青のような紋様だらけになっている。

 強そうでちょっとカッコいいじゃないか。

 だけど表情がずっと強張っている。

 破壊衝動を必死で押さえつけているのだろう。

 私のために。


 震えながら仁王立ちしているアッシュの肩口に剣を勢いよく振り下ろす。


「【閃光斬】!」


 全力の上段斬りは光を放ちながら肉を断つ――――ことはできなかった。

 剣はあっさりと折れて闘気は霧散した。


「まだだ!」


 腰の袋から液体の入った瓶を投げつける。

 アッシュに当たるとビンは割れ鼻を突く匂いのする液体が彼の身体に纏わり付いた。

 すかさずローザが火矢で撃つ。

 可燃性の液体は勢いよく燃え上がり炎がアッシュの身体にまとわりついた。


『アアアアアアッ!』


 声は上げるが身体は動かない。

 間違いない……コイツは――――


「コウちゃん! 剣で受けろ!」


 ヨシュアの声が響き、光る球体状の魔力が私に向かって飛んでくる。

 咄嗟に折れた剣を突き刺すと光はたちまち形を変え物質化し黄金に輝く刃となった。


「俺の残り魔力全部込めた!

 聖皇剣ライトブリンガーだ!

 そいつならノウスを切り裂ける!」


 ヨシュアの言葉は嘘でないと手から伝わる剣の存在感で確信できる。


「……アッシュ!!

 お前を魔神になんかさせやしない!!

 私の手で殺してやるから……《死ね》!!」


 勢いまかせに剣を突き出しアッシュの腹部に突き立てた。

 今度は見事に刃がアッシュの身体を貫通した。

 武器の出来のおかげだな。

 後はこのまま刃を上げるか下げるかして身体を切り裂けば――――


『逃げ……ロ』


 アッシュが漏らすように呟く。

 その必死そうな表情のおかげで考えるよりも先に後方に飛べた。

 直後、アッシュの右肩から先が巨大な狼の首に変わり私のいた空間を喰らった。

 さらに狼の首は私に迫ろうとするが、横から飛んできた光線に焼かれ吹き飛んだ。

 そして私の身体はユキに抱き抱えられアッシュから遠ざかる。


「ムチャクチャだ!

 あのバケモノ相手に接近戦なんて!

 ヨシュアでも歯が立たなかったんだぞ!」

「だけど、私の刃は立った」


 説教のように怒鳴ってくるユキに私は即答する。

 ユキは複雑な表情で呟く。


「……あれはまだアッシュなのか?」

「分からない。

 だけど、アッシュは私とローザに言った。

 どんなことがあっても私たちを傷つけない……って」



 アッシュがいなくなった後、あの言葉の意味を改めて考えた。

 そして至った結論。


 アッシュは全部知っていたんだ。

 自分が魔神の器であり、まもなく人格が失われ身体を乗っ取られることを。


 だから、アッシュは私たちを攻撃しない。

 為されるがままにする。

 無敵の魔神の力を押さえ込み、死を選ぶことで私たちと世界を護ろうとしているのだ。



「賭けだったのはたしかだ。

 だけどアッシュを信じている。

 次こそトドメをさす」


 私の言葉にユキは首を振る。


「もう遅い! あの肩から生えている狼の首はノウスの眷属だ!

 アッシュの意志が君を攻撃しないものだから別の意志を持つ眷族を使って――――」

「そんなもん見りゃ分かる!

 だけどアッシュも戦っているんだ!

 私は!」

「俺はコウに大切な人を殺してほしくないんだよ!!」


 びっくりするくらいの大声でユキが怒鳴った。

 涙をポロポロと流しながら。


「こんなの……あっちゃならない。

 たとえ世界を救うためだとしても……コウに……」


 私の肩を掴む手が震えている。

 ユキのことを甘い、なんて言って切り捨てることはできない。

 優しくて責任感の強い男だから。

 どれだけ強くなっても子供のように純粋で繊細だから。


 うん…………お前と一緒にいると自分の足りないものが埋まるような気がする。

 そのことが嬉しくて、これは愛と言っても差し支えないだろう。


 だけど今は――――


「私が救うのは世界だけじゃない。

 アッシュもだ」


 私の言葉を聞いてユキは奥歯を噛み締めた。


 傷ついても構わない。止められない。

 私には力がある。

 ちっぽけな力でも世界を救える力だ。

 アッシュを悲しませない力だ。

 それを振るうことに躊躇しない。



「ローザアアアアアアッ!!」


 私が吠えると、応える代わりに矢が頭の横を通過する。

 そして、突如分裂し雨のようにアッシュの右半身の狼の首を貫いた。


「お願い! コウっ!!」


 ローザの悲痛な叫びが私の背中を押す。


 一心集中――――アッシュの首を斬り落とす。

 回避も防御も考えない。

 ただ速く強くそれだけを成し遂げる。


「《斬る》」


 地面を走りアッシュに接近するアッシュは踏ん張って動かないようにしている。

 だが、左半身が狼の首に変わり私を喰らおうと伸びてきた。


 パアアアアアンっ!


 渇いた甲高い音が響く。

 鞭……と思われるものが狼の首を拘束した。


「フグウグググウウ!!」


 ヨシュアの腕は回復ができないのではないかと思われるほどボロボロだ。

 だがその歯で鞭を握り、顎と首の力だけで魔神の攻撃を止めた。


 さらに迫る。


 剣の間合いに入るまであと一メートル。

 アッシュは身体を痙攣させるように震わせながらも両の脚を動かしはしない。


 間合いに入った――――


「ヤアアアアアアアアッ!!」


 剣を肩口に振り下ろす。

 恐ろしく硬い手応えだが渾身の力で押し切る。


『ギイイイイイイイイっっっ!!』


 アッシュが苦痛に顔を歪め歯を食いしばる。

 苦しませたくない。

 一瞬でも早く絶命させて――――


『ギヤああっ!!』


 刹那、アッシュが口を開いたかと思うと私の右肩に噛み付いてきた。

 牙は容易く肉を貫き腕と身体が泣き別れになる――――寸前だった。


「コウに触れるな……」


 ユキがアッシュの口に手を挟み無理やりこじ開けている。

 おかげでまだ腕が動く!


「アアアアアアアッッ!!!」


 力を入れる程に刃はアッシュの身体を突き進み身体の中央に達した瞬間、太陽の爆発に見紛う光を発して腕に伝わる抵抗が無くなった。

 スルリと嘘のように剣はアッシュを切り裂いて空に達する。


 両断されたアッシュの身体が後ろに倒れていく。

 その最中、アッシュは笑って、


『あり……がと…………』


 と呟いた。


 それがきっかけになって私の顔が焼けるように熱くなり、涙が溢れた。


 やったことに間違いはない。

 それを私も、アッシュも、世界中の誰もが望んでいた。

 だけど、それとは別に湧き上がる悲しみがある。

 ありがとう、なんて言ってもらえるようなこと……私はできていない!


 涙で滲む視界の中、分かたれたアッシュの身体が灰のようになって消えていくのを見た。

 残酷さすら感じるほど鮮やかな青空の下、魔神討伐の戦は決着した。

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