月下の魔王城

雑草の人

第1話 始まりの魔王

『魔王』

そう。

私の父親は魔王だった。

角を持ち、翼を持ち、忌々しく威厳がある私の父親だ。

だが散った。

勇者という存在に。

私の父が殺された。

魔王が殺された。

私の住む、私の父が統べる国は壊滅状態だ。

私の父は勇者の呪いにより死ぬ直前だった。

父は言った。


『私の役目は終わった。私はもう何も出来ない。

我が娘に魔王の地位を譲ろう。せめて。私のような生き方をするな。強く生きてくれ我が娘。』


そう言って残っていた魔力を全て私に注ぎ込み塵となった。

その場に残されたのは魔王の証の剣、そして私のみだった。

私は動けなかった。

今自分は何を成すべきか。

この剣をもって何をすべきか。

考えた。

父をも超える魔王になりたいと。

幼い私はそう思った。


そう、これはとある魔王の娘の「改革」の物語



聞き覚えのあるの声が聞こえた気がした。


なずな...薺!」


「ッ...!?」

夢...か。

少しの間気を失っていたようだ。

…っ!?

勇者はッ!

…倒したのか。

そうだ。

私と父上でやっとの思いで殺した。

ただ、父上の命を犠牲にしてまで。

…夢の中で私の名前を呼ばれた気がした。

私の名前は薺。楼薙 ろうなぎ なずな

この世を統べていた恐るべき魔王の娘だ。

「この近辺にはもう誰もいないと言うのに...」

私たちの仲間はあらかた殺されてしまった。

勇者と言われたもの達が攻めあげて、魔物や魔族達を殺して行った。

勇者というものは正義らしい。

…何が正義だ。

種族以外何も違わない。

私たちが人間を襲うなど1度もなかった。

あったのは何千年前の話なのだ。

ましてや私たちは人間の保護さえ行った。

「今...過去の事を悔いても何にもならないか...。」

城に戻ろう。

まだ誰かいるはずだ。

生き延びた誰かがいる。

それだけは魔力で感知できた。

「…とにかく急ごう。」

私は翼をはためかせて城へ飛んだ。

私は人間ではない。

人間と魔族の混血種だ。

人間である私の母、魔王、そして悪魔族であり魔王の血の父。

証拠に角と翼が生えている。

頭にある角は父親譲りの太い角。

翼は赤と黒の大きい翼。

それと髪色。

先端が赤く染まっている。

これは母が人間に捕えられ実験された時にできた後遺症が私にも引き継がれたものだ。

そして体の紋章。

母も、父も。

体に紋章があった。

原因は分からないらしい。

だかそんなことはどうでも良く。

私の体にあるこの紋章すらも親から受け継いだ。

…私の母は慈愛に満ちていた。

何をされようとも怒ることすらなかった

私はこの髪の色を母の象徴とし誇りにも思う程だった。


「...着いたか。」

先程の場所からはさほど遠くはない。

ただ今まで見ていた城とは違うものだった。

壁は破壊されボロボロに。

あらゆる所が欠けている。

見るも無惨な姿に変わり果てていた。

中に入ろうとすると誰かが中から誰かが駆け寄ってくる

「薺様...?薺様!」

「生き残りか?」

「はい!生きていたのですね...本当に良かった...。それで魔王様はどちらに...?」

「父上は...呪いで死んだ。私には助けられなかった...本当にすまない...。」

「...!...やはりそうでしたか...くへへっ…それはよかったなァ!!」

唐突に自分に向けて剣が振り下ろされる。

「なっ!?」

だが甘い。

それを素手で受け止める。

人間の魔力と魔物達の魔力の違いなぞすぐに分かる。

「殺すなら殺気を抑えろクソ野郎ども...ッ!」

そしてそのまま剣を払い除ける。

仰け反ったその瞬間に腕を狙うのが1番良い。

相手が持っていた剣を奪いそのまま踏み込んで斬る。

「ぐあっ!?...がっ...」

「...死んであの世で父上に詫びろ。」

首を斬る。

血しぶきが舞う。

元々青黒い鎧が血で汚れる。

気にすることは無い…が。

殺しはあまりしたくない。

ただ私の両親が。

魔王が侮辱されるのなら。

殺してもいいだろう。

私の大切なものなのだから。

すぐに剣を放り捨て中に入る。


〜魔王城 謁見の間〜

城の中も予想通りほぼ崩壊寸前だった。

少し歩き目の前にある大きな扉を押して進む。

ここはかつて私の父が魔王として君臨していた頃にいつも暇そうにして座っていた玉座だ。

両脇にある灯火は消えていた。

「確か...招集をかけるときは...」

私は父の持っていた剣を持ち上げて言う。

「集まれ!我が同志たちよ!」

そう唱えて少し経つと足音が聞こえてくる。

号令の魔法…らしい。

「薺...様?」

「生きていらしたのですね!」

「良かった...本当に良かった...。薺様だけでも助かったんだ...!」

周囲には怪我をして動けないもの。

それを治療するもの。

そして私の帰りを待っていたものがいた。

…真実を話す以外にない。

「その様子だと父が死んだのは知っているのか?」


「...はい。恐らく死に際に私たちへ魔力を振り絞り私たちにこう伝えました。『我の役目は終わった。我が娘に全てを託す』と。」

全てを…託すか。

託されたのなら。

私の父上がそういうのなら。

私は。


「...では、分かっているな...?」


「はい...!」


私は重んじて受け入れよう。

これからは…私が。


「我らが魔王はもう居ない!ならば新しく魔王が必要だ。そして私は父上に託された。ここに...新たな魔王、楼薙 薺がこの全ての魔族を統べる!!!!」


私が新たな魔王だ。


「「「ウオオオオオオオオオッ!!」」」


父上..。

私は...やるよ。

父上のように強く。

母上のように優しさに満ち溢れた。

そんな国を造り上げる。


「セリルはいるか?」

「はい、ここに。」

お辞儀をして少しだけ距離を寄せてくる。

セリルは私の昔からの世話係。

それ故に対等に話し合うのもセリルと父、そして母だけだった。

「今更だが…。改めてだ。私を...支えてくれるか...?」

「...もちろんです。」

嘘偽りのない笑顔でこちらを見る。

「セリル・リーガ。貴方を私の側近に任命する。」

昔からの付き合いなんだ。

それがそばに居てくれるだけでどんなに心強いか。

「は。」

跪き胸に手を当てて下を向く。

「このセリル、新たな魔王様へこの身を捧げます。」

「...ありがとう。早速だが。これから城の清掃を行う。怪我をしているものは治癒が出来るものに任せ力仕事ができる魔物達を引き連れて清掃を開始してくれ。中はセリル主導で全て任せる。私は外を主導でする。」

「承知しました。」

そう言い小さくお辞儀したのち直ぐに魔物達に招集をかけ掃除に向かう。

私も行かなければ。




〜魔王城 夜〜

「さて...」

「片付きましたね。」

城は元の姿を取り戻した。

修復は急ではあるが復元に成功した。

時間は刻刻と流れ気付けばもう夜になっていた。

月は三日月。

鳥の鳴き声が近くの森から聞こえてくる。

「集まってくれ。怪我人は座って聞いて構わない。」

直ぐに魔物達は私の目の前へ並ぶ。

そしてセリルは率先して先導する。

「城は皆様の働きにより元の姿を取り戻しました。新たな魔王と皆様が作り直したこの城を『月下の魔王城』と名付けます。」

そう、今日からここは『月下の魔王城』。

名付けの理由は簡単だ。

月の下で誓った。

それだけ。

「この夜は特別な日になる。祝杯の宴だ。今日だけは上下関係も何も無く、気楽に、しんみりとした空気を取り壊し、全ての国を、人間を、世界を救おう!」

「「「オォオオオオオ!!!!!」」」

私は知っている。

辛いからこそ笑うのが良いと。

私の母上はそう言っていた。

ならば自然とそうさせるのがいい。

「よぉおおっし!飲むぞ!!!!」

「あっまてよ!俺も!」

あの2人はオークの兄弟だ。

飯をよく食べるし元気が有り余っている。

「料理が出来ました!おかわりもありますよ!」

いま料理を作っていたのはエルフ達。

長寿なのと長い耳が特徴。

「おっエルフのねーちゃんの飯はうめぇんだよなぁ!」

「よし。私も一肌脱ごう。酒持ってこい!」

こうなれば私も載って行くしかない。

「よっ!魔王!これは大酒飲みのナーガちゃんとの対決が始まるぞぉ!…オークの俺が仕切っていいのか?」

「おおっ!魔王様!これは久しぶりだな!よっし酒で魔王の器を測ってやるか!」

今のはナーガ。

上半身は人間、

下半身は蛇の獣人。

獣人は人間と動物の混血種。

人間側は混血種を全て放棄した故、私達魔族の仲間入りを果たした。

普通の魔物に比べ力が強いともっぱら噂だ。

「見くびるなよ?これでも酔いに強い。」

魔王だから…な。

「...あまり飲みすぎると明日辛くなりますよ?」

「確かにそうだな…。...それで、なに、化けの皮被ってるんだ?今日ぐらいはいいんだぞ。気にせず騒げ。」

「...本当にですか...?」

「私は嘘をつかない。」

「…で、ではお言葉に甘えさせていただきます。」

来ていた服を放り捨てた。

「うぉあァァっ!?セリルさん!?」

オーク達が驚くのも無理はない。

「はーい!元サキュバス、セリルのダンスショーですよ〜!お酒の肴に見てってね?」

いかにもそれらしい服装で踊り始める。

私には良さがわからないが男達にはもっぱら評判らしい。

士気が上がるのはいい事だ。

「セリルはサキュバスだからな。」

サキュバス、人の夢に現れ精気を吸い取る魔物。

現在おおよそのサキュバス達は人間の夢へと現れることすら許されぬ今の状態だ。

しかし、今気にしても仕方ない。

今だけは忘れていい。

「初耳ですよ魔王様ぁ…。」

「魔王様、舞台の用意お願いできます?」

「確かに化けの皮を脱いでいいと言ったが…まあいいだろう。木造しか錬成出来ないが。」

魔力で舞台を...作る。

ボンッ!と音がした後大きな木の台が。

軽く踊るくらいなら良いだろう。

ダンスショー…サキュバスがやると聞くと納得出来る。

「懐かしいわね...」

「あら!もしかしてあれ、やるの?」

エルフ達が近寄って来たようだ。

同じ女性として気になるのだろうか。

「あっ、久しぶりです。魔王様に言われてしまいましたから。化けの皮を剥げって。」

「確かに言ったが…。」

と言ったその後直ぐに1人のエルフがこう言った。

「...お供するわ!」

…いや一体なんのお供だ。

「おいやべぇぞ!伝説の異種ダンスタッグがあの時以来にみられるぞ!」

どのだ…私の知らない間に何かが出来上がっている…。

「しかしこの量の食べ物...どこに?」

獣人の魔物が喋る。

彼は狼と人間の混血種だ。

人狼というやつだ。

「私の魔力で生成した。魔力を取り込めるしちょうどいいだろう。」

「魔王様そんなことも出来たのか...」






そこから大いに盛り上がった。

「第3回酒飲み王決定戦優勝はダークホース!魔王の側近、セリルだぁ〜!!!!」

「うっぷ...おぇ...」

ナーガが吐いている。

「ナーガちゃんが吐いたわ!」

「メディーーーック!!誰か医療班!!」

「吐いちゃァダメでしょ。なぁセリル。」

「酔っ払ってます?」

「そなことない。ぞ。」

「口が回ってませんよ。」

「なんで酔わないんだ逆に...。身の毛がよだつぜ。人狼だから全身毛だけど。」

「ひ・み・つ ですよ!」

「酔ってるのか酔ってないのかわからんなぁ...」

「元はこんな感じですよ。この私を見られるのは今だけです!」

「うっ…うぇえ!」

「魔王様が吐いた!?」

「メディーック!!!」

「この勢いで久しぶりに歌おうかな…。」

彼女はマンドラゴラのララ。

魔王城にある仮設の酒場に行くと必ず心地よい歌声を聞かせてくれる。

「うぉおおおお!!!!マンドラゴラちゃんのライブだああぁぁぁ!!!!」

「よし!マンドラゴラちゃんの歌で締めだ。」

宴はマンドラゴラの歌で盛大に幕をとじ

いつの間にかみんなが寝ていた。





〜魔王城 朝〜

「酔いは覚めました?」

「...記憶を消し去りたい。あわよくば消えてしまいたい。」

酒へダメだ。

「なーに言ってるんですか。魔王が一日で死んでどうするんです。みんな覚えてませんよ今日のこと。かなりお酒飲んでましたし。」

「…だといいんだが。」

「おかげで...楽しかったです。」

またもや笑顔だ。

少しだけ堅苦しい表情のセリルが笑ってくれているのを見ると嬉しくなってしまう。

「...いつもは物静かなお前の笑顔が見れて嬉しいよ。」

「...ふふっ。そんなこと簡単に言っちゃうとサキュバスに襲われますよ?」

「目の前にいるんだがな。」

「あらそうでした。」

「本当は酔ってるんじゃ...」

真偽は一切不明。

「...まあ楽しめたのは本当です。久しぶりに羽休めも出来ました。それで明日からはどうするんですか?」

そうだな、私たちはもう歩みを始めなければならない。

「他の国に行って種族の保護と父が死んだこと、私が新しい魔王になったこと、そして魔王城の人材確保だ。...人ではないけど。」

「分かりました。では今日はゆっくりお休みください。では。」

「セリル。」

「はい、なんでしょう?」

少し振り返ってこちら見てくれる。

「これからよろしく頼むよ。」

「...もちろんです!」

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