本格科学少女にとって、どうでもいい世界とその他。

北欧のる

第1話 俺だけが未知との遭遇

【三月十九日】


 高校二年の終わり、そして高校三年の始まりとの間の春休み。関西空港内のベンチに青年と少女が二人。


「なあ妹君よ、少しくらいは髪をとかしたらどうだ?久しぶりにお前と会うオヤジが心配するぞ?そんなんじゃ彼氏も出来んだろうに……」


「そう言うおにーも童貞じゃん」


「……」


 ロングTシャツにジャージのズボンを履いた短髪の男子高校生「牛宮ソウゲン」と、丈の長い白パーカーにワイドパンツを履き、まったく手入れのされていないボサボサのセミロングヘアなソウゲンの妹が、空港のベンチに並んでアイスクリームを食べいた。

 今日はソウゲンたちの父親が海外から帰ってくる日だ。ソウゲンたちの生まれる前から、父親は海外の建設現場で単身赴任として働いている。


「そういや妹君よ、今月も姉君は親父の迎えに来ないのか?」


「先週電話した。育児やらでゴタゴタしてて無理って言ってた」


「それでいいのかねえ……姉君は。姉君が家を出てからも、こうして月に一、二回は、海外で働くオヤジを家族総出で迎えに行ってるのによお……。姉君ってオヤジと何年顔合わせてないんだっけ?三年?四年?」


「……どうせ死ぬ」


「……は?」


「いつかみんな死ぬんだから、何年会わなくても同じ。死んだらぜんぶ忘れられる。自由……」


 ソウゲンの妹「牛宮ジュミ」には、悲観主義じみた言動が垣間見れることがある。まだ十四歳の中学生なのに考え方が厭世的なのだ。何でもかんでもマイナス寄りに考えたがる。対する兄のソウゲンは現実主義的で、頭の中で断定できた事柄についてしか話したがらない。

 この兄妹はあまり似ていない。

 外見面でも、この二人の似ていない部分は沢山ある。ソウゲンの顔付きをひと言で表すとしたら「賢そう」であるが、ジュミの方は「おバカそう」という印象を持たれることが多い。

 また、髪色に関しても二人とも限りなく黒に近いのだが、ソウゲンの方は若干赤黒く、ジュミの方は若干青黒い。


 この兄妹で似ているところと言えば、二人とも目の形がつり目だということと、身長が低めなことくらいだ。ソウゲンは高校二年で百六十四センチ。ジュミは中学二年で百五十一センチ。


「いや、そうは言ってもなあ妹君よ。死ぬまでの間くらい心の安らぎを求めてもいいだろ?姉君を思って親なりの過保護に尽くしたオヤジの気持ちも、分からんでもなくはないか?」


「おねー、まだお父さんに怒ってる。おねーが結婚する時、お父さんが反対したから、今のおねーが苦労してるのも、ぜんぶお父さんのせいだって言ってた」


 それを聞いてソウゲンは笑ってしまった。我が姉君のエゴイスティックな責任転嫁っぷりよ。

 現在、二十三歳になるソウゲンの姉は、二十歳の頃に通っていた大学で出会った得体の知れない男に誑かされ、デキ婚とかいうやつをした。もちろん大学は中退している。

 ソウゲンの母親は姉が家に帰ってこない日が増えるにつれ、姉のことを心配することも増えていったが、本当に大変だった出来事は、このことをソウゲンの母親がソウゲンの父親に話してから起こった。「姉を咎める父親」VS「いちいち構うなボケオヤジと言う姉」間での戦争勃発である。


「我が妹君よ……皮肉なもんだと思わんかね?娘を心配したオヤジの『愛』が、愛する娘との断絶を引き起こしたのだ」


「おねーはどうして、お父さんと喧嘩してまで、あの男について行って、結婚までしたんだろう?」


「愛は理屈じゃないって言うからな……現代科学でも解明はできないんだろうよ……」


 そんなことを言いながら、ソウゲンは目にかかるかかからないかの前髪をいじりながら、物思いにふけってしまった。

 ジュミはとっくに食べ終わったアイスクリームのカップを、「捨てておけよ」と言わんばかりにソウゲンの方に寄せて、市販のスライムのオモチャで遊んでいる。中学二年にもなるのに。


 そうこうしているうちに、お袋の声がソウゲンたちの耳に飛び込んできた。

「あんたたち、お父さんの飛行機、もうすぐ着いちゃうから!そろそろゲートの方に来てちょうだい」


 それに対して、ソウゲンもジュミも素直に返事をした。


「へいへいお袋」


「空港のゲートよりも地獄のゲートで先に待っててあげた方が、優しいと思う……」


「……(意味が分からない)」




 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞




「ほら!お父さん見えた!帰ってきたわよ!手振って!」と、お袋が騒いでいる。


 ソウゲンの母親と父親にとって、月に一度か二度、家族総出で会うというのが、人間関係上ベストな距離感に思える。ソウゲンが小学生の頃は、今より父親が家にいることも多かったのだが、その頃よりも今の方が喧嘩も少ないし、二人とも仲が良いように見える。

 内心ソウゲンも、この瞬間が嫌いではない。父親を空港のゲートで出迎える。一応は自分にとっても大事な人との月に数度の再会だ。


(気持ちよく手くらいは振って、オヤジを出迎えてやるか――)


「ん!?」


 ソウゲンは小さく唸った。


「誰……?」


(俺の見間違いか?確かにこちらに向かって歩いてくるのはオヤジなんだが……あの小さいのは……?)


 遠くに見える父親が、見知らぬ少女?らしき人物と手を繋いで、こちらに向かっている。自分の父親が自分の知らない少女を、娘のように扱っている異常な光景にソウゲンは冷や汗をかいた。

(マジで誰だ?あの女の子は……。十歳くらいか?何か向こうで手違いがあって、それを今日お袋に説明も兼ねて、身元不明の女の子を連れてきたのか?オヤジは何を考えてる?何者だ、あの子は!?)

 ソウゲンは小さくジュミに耳打ちをした。


「おい、妹君よ。お前アレが見えるか?どう思う?なぜオヤジはあんなよく分からん子を連れてきた?」


「……は?」


「……え?」


「いや、おにー……なに言ってんの?」


「……いや、何って、海外で一人で働く自分の父親が、やっと帰ってきたのに、よく分からん子供も一緒に連れてきたら、そりゃあ誰?何者?アレは何?ってなるだろ!?お前ならんのか!?何でお前は平常心を保ってられる!?」


 すっかり小声ではなくなり、怒鳴り散らかしている兄を見て、妹のジュミは呆れ果てたようにため息をつき、ソウゲンには理解し難いことを述べ始めた。


「おにー「アレ」って言い方、さすがのわたしも酷いと思うな……。一ヶ月ぶりに会う自分のもう一人の妹じゃん。そんなに捻くれた態度とってないで、素直に喜べばいいのに……泣くよ?あの子。わたしよりも小さいのに……」


「……は?」

(意味が解らない……!俺には一人の姉と一人の妹しか存在しないだろ!?あの推定十歳の妹いわく「第二の妹」らしき人物は何だ!?俺の知らない人物を、何故ジュミは知っていて、オヤジは手を繋いでいる!?何が起こってるんだ!!)


「おにー……まさか、ほんとに自分の妹のこと忘れちゃったの……?」

 心配そうにジュミが顔を覗いてきた。


(忘れたも何も、アレが俺の妹として存在していることがおかしいだろ!俺の知っている家族との思い出は、オヤジとお袋、それに姉と妹の四人だけだ!記憶喪失なんかじゃない!記憶喪失になる理由も無い!思い出せ!これまでの人生を!あの謎めいた女の子が俺の人生に介入してきた事実なんて、一度も無かったハズだ!)


 考えているうちにソウゲンの頭は冴えてきた。

(はは〜ん。解ったぞ。妹君……否!ジュミめが。コイツ俺をコケにしようとしてるんだな?実際のところ、コイツにもアレが何なのかってのは解ってないんだ。ジュミはとにかくオヤジが知らない女の子を連れてきたって状況を利用して、俺をバカにしたい、それだけだ。ジュミはほっとこう。お袋に聞くのが手っ取り早い)

「なあお袋。あのオヤジの隣にいる女の子誰なんだろ――」


 その瞬間、恐ろしく早い手刀が飛んできた。ソウゲンの母親から繰り出されたソレは、その速さのあまり旋風を引き起こし、指先がソウゲンの前髪をかすめたと同時に、毛先を切断するほどの殺傷力を持っていた。

 倒れ込んだソウゲンを見下ろしながら、彼の母親は泣きながら叫んだ。

「あんた……ソウゲン!自分の妹が父さんと一緒に帰ってきたってのに!妹のことを忘れたフリするなんて酷いじゃないの!」


(狂信的にまで家族想いのお袋がこの始末……!?まさかあの女の子……アレは本当に昔から俺の家族で、俺だけがおかしくなってしまったのか!?)


 ソウゲンは頭を切り返し、ジュミに向かって叫んだ。


「おいジュミ!お前、あの子の名前も分かるか!?」


「……あれ?おかしいな……自分の妹ってことは分かるのに、名前が出てこない。わたしもおにーみたいにおかしくなっちゃったのかな?」

 ジュミはほつれ合った髪の間に指を入れて、そのまま頭を抱えた。


「なあ、妹君よ。誰もおかしくなんか、なっちゃいないと思うぜ……」

 ソウゲンは徐々に確信を持ち始めていた。

(きっとオヤジの連れ添ってる、あの得体の知れない子供が元凶!)


 ソウゲンの人生において、こんなことは初めてのことだった。現実主義者のソウゲンには似合わないことだが、この時のソウゲンが抱いた危機意識は、紛れもなく本能からの警告であった。


 これまでの日常が、今この瞬間から崩れ去る音が聞こえた。


(間違いなく、何か超常的なことが起きている……!!!!)


 ソウゲンは父親と共に近付いてくる、ア・レ・が一体どんな表情をしているのか拝んでやろうと思い、十五メートルほど離れた距離からア・レ・の顔を直視した。

(向こうもこちらを見ている!?目が合った!!)


 ソウゲンは目を逸らしてしまった。とても怖かった。十歳には思えない、何か想像を絶する異様さが、その少女を纏っているようにさえ感じられた。


(もう一度、もう一度だけ顔を見てみよう。確かめるんだ!今、何が起きているのかを!)


 ゆっくりとソウゲンは顔を上げて、アレを見てみた。




 ソレは不敵に笑った。


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