光響音

時都 朔

プロローグ 

 それはまだ4歳くらいの時、幼稚園に入ったばかりの私は引っ込み思案な性格で他の子とも馴染めないでいた。

 教室の隅に座り、一人で絵を描いているだけ。

 でもその日、私に話しかけてくれた子がいた。

 その男の子は王子様みたいなキラキラした笑顔で手を差し伸べ、こう言ったんだ。


さくらちゃん、僕のピアノ演奏聴いて!」


 彼は健斗けんとくんといって、この組で一番の人気者だ。そんな彼が突如現れてこう言うものだから私は驚き固まってしまった。

 そして返事も聞かないうちに私の手を引いて教室にある大きいピアノまで連れていくと、またさっきの笑顔で、


「僕から君に贈る曲、しっかり聴いててね」


 と言うのだ。

 今思えばこれは幼稚園児が言うような言葉ではない…と思う。

 その時の私は状況に追いつけず放心状態に陥っていた。

 一方健斗くんはそのまま、子供から見れば大きい椅子へ器用に登って座る。1つ深呼吸した後、彼の目の色が変わった。

 

 そしては始まった。

 

 まず、鍵盤の上で踊りだした指の細やかな動き、まるでピアノを労るかのように弾かれる鍵盤、そこから聴こえるのは優しいメロディーだ。

 何の曲かは分からなかったが、とにかくその音色に惹かれた。

 中盤からは低い低音が交じり、怪しい雰囲気を感じさせる。でも決して『怖さ』はない、低音と高音が手を取り合って踊っている感じだ。

 健斗くんを見ると難しい演奏の筈なのに表情は穏やかだった。

 彼の表情、指先、全身からピアノへの愛情が伝わってくる。その愛情が全身から奏でられるピアノの音、メロディーを通して曲の顔を創っているのだ。この場合は明るく暖かい顔。

 そしてその暖かさは音に乗ってこの教室、幼稚園を包み込んでいる。

 周りを見ると、いつの間にか他の子たちも集まっていた。みんながピアノに夢中になっているのだ。

 こんなにも音楽で人を惹きつけるなんて、まるで…そう、まるで魔法だ。


(すごい、本当にすごい!)


 自分の胸に手を置いてみると、異様に高鳴っているのがわかる。このドキドキした気持ちはなんだろうーー。


 ーーーーーーーーー


 そうして、あっという間に演奏は終わった。その瞬間教室は拍手と喝采に溢れる。

 さすが人気者と言うべきか、みんなに話しかけられている。だが、すぐにこちらへ気づいて向かって来た。


「桜ちゃん、僕の演奏どうだった?」


 その時の私は思ったことをうまく言葉にできず、ただ「すごい、本当にすごかった!」とひたすら言っていた。

 健斗くんは嬉しそうに笑っている。


「あのね、実はこの曲、『春』って言うんだ。曲の意味は春を歓迎して小鳥が祝っている。春を告げる雷が音を立て黒い雲が空を覆う、そして嵐は去り小鳥は素晴らしい声で歌う。っていう意味で…あ、まだこの続きもあるんだけど…じゃなくて、えーと、その、僕が言いたいのは…」


 健斗くんは顔真っ赤にして、それでも覚悟決めたように教室中に聞こえるくらい大きい声で言った。


「僕たちは桜ちゃんを歓迎します!」


 一瞬何を言われたのかわからなかった私は、最初声をかけられた時と同じようにまた固まってしまった。

 そして頭がやっと理解した時、一気に押し寄せる嬉しさと同時に目からは涙がこぼれ落ちてきた。

 健斗くんは突然泣き出した私に驚き、あたふたしている。


「もしかして、桜だから春?」


 私が泣きながらそう聞くと、健斗くんはまだ赤い顔でコクッとうなずく。

 そして次の瞬間からはハッと目を開いて止まった。サーッと顔色が悪くなっているのがわかる。


「ご、ごめん桜ちゃん、この曲がピッタリだと思ったんだ…」


 私は健斗くんが何か勘違いしてることだけは分かった。


「違うよ!そうじゃなくて、私、すごく嬉しくて…そう思ったら涙が止まらなくて」


 今度はしっかり思ったことを口にすることができた。

 相手の顔を見れば誤解も解けたようですっかり安心した顔をしている。


 するとその光景を見ていた他の子たちもこちらへ向かって来た。


「桜ちゃん、今までずっと1人で寂しい思いさせちゃってごめん!」


「み、みんなも今までどうやったらさくらちゃんと仲良くなるか考えてたんだよ」


 健斗くんは今度は私の誤解を解こうとまた、あたふた状態に戻っていた。表情がコロコロ変わって面白いなとつい思ってしまう。


「1人にしようと思ってわざとやってたわけじゃないんだ!」


 うん、分かってる。これが嘘なはずがない。


「よかった…私、今まで嫌われていたわけじゃなかったんだね」


『もちろん‼︎』


(ああ、これを聞けて良かった…)


 今の私の心は嬉しさと安心感でいっぱいだった。相変わらず目から溢れる涙とともに安心感からか自然と頬が緩む。

 すると、さっきまでいなかった先生たちが帰ってきた。


「みんな、準備ができたので始めますよー」


『はーい!』


(……?)


 私は何のことか分からず呆然としていた。一方のみんなはそのまま私一人と向かい合う形で並んぶ。


 そして……

『…桜ちゃん、ようこそ音組へ!』


 みんなが広げた紙には『さくらちゃん、ようこそ!』と書いてある。


 そして私は今日何度目かになる嬉し泣きをした。



 これが私、藤井ふじいさくら横山よこやま健斗けんとと初めて関わりを持った日の出来事だった。








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光響音 時都 朔 @Mutuki860

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