2. 色無き紅茶〜Milk tea.
「え……!?」
背筋が凍るような感覚を覚えた。
科学と機械の国、カンヴァス。
カンヴァスには色が無く、一目見ると人々は皆一度は太古の白黒写真と勘違いする逸話もあるそうだ。
オレはそこについてはあまり知らないけど、以前一度だけカンヴァスの人に誘拐されそうになった事があって、それが未だに記憶に鮮明に焼き付いている。
「紅茶持ってきたよ! あまり時間が無くていいのを淹れられなかったんだけど、ミルクとシロップと角砂糖を持ってきたから、そこで味を調節してね」
はっ、と我に返る。
オレはドクドクと波打つ心臓を抑えながら、どうにか落ち着けと必死に祈った。
するとカシャ、と上品な音を立てて目の前にティーカップと小さな金属製のトングが差し出された。
「白い紅茶なんて初めて見たよ」
「レオ、文句言わないでよ。これでも美味しいから」
「オレは文句を言ったつもりは無いんだけど」
手が勝手に角砂糖をどぼどぼと紅茶に入れていく。言っておくけどオレは甘党なんかじゃない。
きっと。
そして、少し抵抗はあるけど真っ白なカップに触れると、心が落ち着く温かさと優雅な香りに包まれた。
気分が落ち着いたところで紅茶を口にする。
……うん、丁度いい甘さ。
紅茶の中に秘められた熱が喉を通り、体に伝わってより安心感がオレを覆った。
「で、カンヴァスの事もあるんだけど……
まずはお互いの事を知る為に自己紹介しなきゃだよね」
紅茶を持ってきてくれた黒髪の男の子がその場に立ち、花のようにふんわりと微笑んだ。
この国の中はもちろん、この学院では特に極めて黒髪は珍しく、『不幸と悲劇の象徴の色』として知れ渡っている。
また、淡く光っているその目は黄緑色で、まるでペリドットを埋め込んだかのように神秘的な輝きを放っている。
「ボクはハル・ナトゥーア。属性は木で、種族は人間。出身地は森の国です。よろしくね。
ちなみにボク達は魔法が使えないから色彩が戻ってくるまではこういう『魔具』を使わなきゃいけないのは知ってるよね?」
ぎくり、と今度は背筋が縮んだ。
魔具は色彩からなる原動力を必要としない魔法を創り出す為の道具で、ペンダントやアミュレット、オーブの形がある。
あとは魔具で魔法を発動すると、いつもなら色彩石の力を使うからいいんだけど、それが無いから体力がどんと減って更に回復が遅いんだっけ。
魔法が使えないオレは当然この『魔具』を使わなきゃいけないんだけど、オレが使うと何故か毎回魔具が暴走して使い物にならなくなっちゃうから、鑑定団に使用禁止にされてしまった……。
「ボクの適正魔具は木属性のアミュレット。これを使うとボクの場合は妖精と動物族を呼び出して一緒に戦ったり、物事を手伝ったりしてくれるよ」
ハルは軽く一礼をして座った。
「じゃあ次はオレだな! オレはテン・ルミエール。属性は光ッ! 種族は人間! そして出身地は光の国! よろしく!!」
ガタッと大きな音を立てて立ち上がったのはテンと名乗った少年。
まさに光属性を象徴した見た目だ。眩いほどの金髪に、星々のように綺麗な黄金の瞳。
吸い込まれそうになるその目をじっと見つめていると、テンは何かを思い出したように手を叩いた。
「オレの適正魔具はわからん! 検査サボってたらこんな事になっちまった! ワハハッ!」
「あほか」
「ルカに言われたくありましぇ〜ん」
テンとルカが睨み合いを始めたのをよそに、レオは苦笑いをしながら口を開いた。
「皆んなご存知の通りだと思うが……レオ・ツァイト。属性は時で種族は人間、出身地は時の国。適正魔具は時のオーブで、主に時間を操作する事ができる。よろしく」
レオはオレンジ色の髪に獅子のような奥深いオレンジ色の目を持っている。随分と他の人よりも動作が大人びていて、あと紅茶にひとつも角砂糖やミルクなどを入れていなかった。
「今はこんなにきちっとしてるレオも『アレ』の前になると途端に……ね?」
ハルが爽やかすぎる笑顔で放った一言にレオが一瞬震え、顔を手で覆った。
「あ、ちなみにアレってのは猫のこと。
レオってね、猫が大好きなんだよ、あははっ」
「は、はあ……ねこがすき……」
ずっと人との関わりを避けてきたからか、同い年の人とも上手く喋れない。また前のように何かを言われるのが怖いから。
もっと上手く笑いたいし、お喋りしたい。なのに……。
オレは右手の中指につけた真っ白な色彩石を見て落胆した。
「……大丈夫?」
ルカが優しく肩を叩いてオレに話しかけた。
「わかるよ、不安な気持ち。でもこれは現実でどうしようも無いから……。耐えるしかない」
「……」
「ね! 前向きに生きよう!! おー!」
ガッツポーズをするルカ。つられて拳をあげてしまって、ルカから笑みがこぼれた。
「でも無理はしないことだよ」
手を握られ、正面からルカに見つめられた。
改めてルカの事を見ると、肩あたりまで伸びている紫色の髪はさらさらで、その青紫の目は月のように大人びていて、妖艶に光っている。
それにしても吸血鬼の羽と八重歯、初めて見た……。
「わかった?」
「う、うん、わかった」
「そろそろ俺も自己紹介していいか」
そう呟いたのは、あの天才児ハヤだ。いかにもつまらなさそうな顔をしている。
「おっ、ハヤきたきた〜」
「……俺はハヤ・ラメール。属性は水、種族は龍神、出身地は海の国。適正魔具は鱗のペンダント、よろしく」
青い髪に、空を映したかのような水色の目。耳は羽のように変形していて、声色は少し幼げだ。
でも。
……これが本当に三回も飛び級した天才児? と心の中で疑った。
三歳下だというのに言動や行動がレオのように大人びている。年齢的には中学生なのに。
「ハヤお前って龍神だったのか?」
「そうだけど」
「ほーん、初めて知った」
ハヤとテンが会話をしているが、どちらが三回も飛び級したかと聞かれたら百人中百人がテンを指さすだろう。
「よろしく、ユウ」
「わっ!? よ、よろしく……」
握手を交わすと、凍ってると勘違いしてしまうほどの手の冷たさに驚いた。まるで氷の塊を持ってるみたい。
「あ……その、龍神ってすごいね……?」
雰囲気的に気まずくて放った一言がよけいにまずかったようで、微かにハヤの目が怒りを映しているのを感じられた。
龍神って言うのは基本的に氷を司る種族で、氷山の周りにいる事が多い。龍神とひとくくりにするのは難しいけど、ドラゴンと呼ばれるような龍神もいたり、それこそハヤのような人間の形をした龍神もいる。ごく稀に水に濡れると鱗が現れてドラゴンになる人型の龍神もいるけど。
種族の名前に『神』とつくだけあって、元の体内の魔力の貯蔵量が人間とは比べ物にならない。
つまり、地に足をつける種族の中ではほぼ最強と言っても過言ではない。
「俺は誇りには思わない」
手を振り払われて、ハヤは自分の席に座った。
「ご、ごめん」
「構わない。言われ慣れてるから」
ハヤは澄ました顔で紅茶を口にしている。
まるで今の会話を無かった事にしたかのように。
……オレってほんとに大人げないな。
「次はユウ、自己紹介して?」
ルカの声が聞こえてはっとする。そうか、ハヤの隣にオレが座ってるから次はオレの番か。
オレは立ち上がって、皆んなの方を見た。
オレを入れた六人は色彩が残っていて、その他の物体は色彩を失っていて。それはなんだか背景を描いていない絵画みたいだった。
「えと、オレは、ユウ・ルヴォルです。ぞ、属性は光で種族は人間で、出身地は桜の国です。得意魔具はテンと一緒で分かりません。よろしくお願いします……」
途切れ途切れだけど何とか言いきった!
オレはガタッ、と脱力したように椅子に座った。
「桜の国出身! いいな〜、あの伝説の巫女様の植えたサクラがいつでも見れるなんて」
ルカが頬杖をつきながら呟いた。
桜の国は確かにサクラって言う桃色の綺麗な花がいつでも咲いていて、花びらが宙に舞っている。だから観光地としても有名。
「でも、どうして魔具が分からないの? だってユウみたいな人ならこのポンコツテンみたいに検査をサボる、なんてこと無さそうだし」
いきなり痛いところを突かれた。
どうしよう、ここは答えるべきか、それとも曖昧にすませておくべきか……?
「まあ、言いたくないならいいけど!」
ルカはへらへらと笑ってその場の雰囲気を軽くした。
「よし、じゃあ最後は天才美少女であるこの私!
超絶有名人であるこの私の名前はルカ・シュヴェルツェ! 属性は漆黒の闇、そして種族は吸血鬼と人間のハーフ! 出身地は夜の国、そして適正魔具はこの私には必要無い……!」
オレでもその場の空気がしらけたのがわかった。ルカは苦笑いをしながら椅子に座る。
「いやまあ、盛り上げようと思っただけでさ。えへへ」
ハヤとレオは相変わらず紅茶を飲むばかりで、ハルは笑いを堪え、テンは吹き出して腹を抱えて笑っていた。
「ダッサ! ダサすぎる、ルカだっせ〜っ!」
「失礼な奴め〜っ、うちの魔具代わりのコウモリちゃんにこちょこちょさせるぞっ」
「うわー、それはやだ。ルカそんな奴だったの」
「はっ倒すわ」
また始まった争いに誰も止めに入ろうとしない。ハルが「また始まった」と言っているからきっと日常茶飯事の事なのかな。
「じゃあルカとテンの事は無視して本題に入るね。
何故このパレトの色彩と人々が失われたか、そしてその解決方法。それを探すために……
ボク達、旅に出よう!」
虹が世界を繋ぐ時〜Stolen Rainbow and the Maiden of Sugar〜 甘栗 秋香 @Shuka_Amaguri
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