第27話 三枚の御札と吉田君の贈物

 琴音は以前、私から全力で逃げていった。それは今の状態では私に復讐をしても死ぬということがわかっていたからだ。そう言う理由があるので、私もあの時に琴音を追わなかったし、殺そうとも思わなかったんだ。

 でも何で、それほど時が経っているわけでもないのに琴音は再び私の前に現れたのだろう。あんな状態で、あんなか弱い状態で、一体どういうつもりなのか、私にはわからない。


「琴音。復讐も良いが、止めた方がいいよ」


 吉田君は呆れたように言っているが、眼を見ると琴音を探っているような雰囲気を感じる。


「どうしたの? 私を襲わないの? 追ってこないの? 」


 琴音がそんなことを私に言うが、私はどうしようかと悩んでその場に突っ立っていた。そんな時だ、吉田君が小さく耳打ちしてきた。


「なにか先輩。わざわざまた現れたってことは、何かあるはずっす。無視して戻りましょう」


 とても小さな声だけど、吉田君が本気で警戒しているのが伝わった。何故なら、声のトーンが低いのだ。そのせいで耳が少しこそばゆいのだが、琴音には聞こえていないらしく、沈黙を続けている。


「まぁ、そうよね」


 琴音は一息つくと、紙を一枚持つ右手をポケットに突っ込み、携帯電話を取り出して耳に当てた。

 だれかと話をしている様子だけど、会話は小さくて聴こえない。短い会話を終えると琴音は携帯をポケットにしまい、再び一枚の紙を私に向けて警戒を始めた。


「あなた、先生と知り合いのようね」


 先生とは何の事だろう。思い返す事も無く、私の記憶にある中で知り合いと呼べる存在は数えるほどしかいない。吉田君や老人の霊、自転車で永久に走り続ける霊、埋まっていた霊。……どれも先生と呼べる存在はいない。

 とうとう身に覚えがないので、吉田君にそんな存在がいるか聞いてみようとしたが、顔を見てみると彼の顔は固まっていた。


「私ではどうにもできないから。また先生に助けてもらわないと」

「呼んだのか? 今の電話で? 」

「えぇ」


 琴音と吉田君がそんな問答をし終えると、吉田君は間髪入れずに私の手を握って振り返り、琴音とは逆の方向に全力で走り出した。

 吉田君は急に右に曲がって建物を透き通って行こうとしたが、実体化していないのに何故か透き通れない。それどころか、眩い光に弾き返された。


「結界か、クソッ」


 振り返ると、琴音が一枚の紙を天に投げているのがわかった。やはりあの紙は、相当力の強い神札らしい。

 宙を舞う神札は青い炎に包まれると、跡も遺らずに消え去る。


 どうにも状況がつかめていない私だったけど、吉田君が青い顔をしているので逃げなければいけないのだと納得した。だけど、そんな時だ。琴音は私に向かって叫んだ。


「木口裕也先生! 」

「――しまった」


 琴音が叫んだ名前は、私の全てを知っている可能性がある人間だ。木口、木口裕也。それがあの老人の名前なんだと認識した瞬間、私はその場で静止した。吉田君は全力で引っ張っているようだが、吉田君程度では私を動かせない。


「先生は、あなたを探しているみたいね。そして、あなたも先生を探しているみたいね」


 木口の名前を出し、さらには私がまだ知らない情報を琴音は持っているようだ。

 少し前、私は自身の記憶を取り戻すのが恐くなっていた。そのはずだが、本能なのか今は記憶を取り戻す為なら何でもできる気がするんだ。たとえ、目の前にいるか弱い琴音でも、たとえどんな罠があっても。


「なにか先輩! ダメっす! 」

「やっぱり来るわね」


 私が琴音を追う為にルーフに触れて同化すると、ルーフは牙を剥いて地を蹴り、その巨体は素早く琴音に近づいていく。

 琴音は細道の出口に向かって全力で駆けているようだが、ルーフの足には当然敵わない。今にも鋭い牙で琴音の肉体を噛み砕こうとするその時、琴音は二枚目の神札を私に向かって投げつけた。


「グァァアアアアア――!! 」


 気が付いた時には九つの柱がルーフを串刺しにして地面に張り付けている。ルーフは消滅こそしていないが、身動き一つ取れないらしい。

 でも私は動けるので、ルーフから分離して琴音を追おうとしたがその瞬間、九つの柱から稲妻のような紙がたくさんついた付いた荒縄で私の霊体も縛られてしまった。どうやら、ルーフと同じく身動き一つとれなくなってしまったらしい。


 結界をつくった一枚目の神札と同じように、二枚目の神札も見る見るうちに青い炎に包まれて消えていく。


 琴音はコチラを振り返りもせずに全力で出口まで走って行ってるが、逃がさない。私は今まで喰らった魂の肉体を呼び起こす。


「流石は先生の神札ね。ッ! 」


 走り去る琴音を私が凝視していると、私からズルズルと今まで喰らった魂の肉体がはい出てきた。黒い大群が細い道を埋めながら意外な速さで琴音に追いつくと、琴音を貪ろうと襲い掛かる。


「最後の一枚、先生。後は頼みます」


 琴音が何やら呟きながら三枚目の神札を黒い大群に投げつけると、黒い大群は見る見るうちに燃え盛り、神札が燃えて消えるまで凄まじい叫び声が響き渡る。

 ほとんどが灰になってしまったが、別にそれらがいなくなっても私の力が衰えるという訳でもないらしい。理由は、今でも私が力を振り絞れば縛る縄が一本二本と引きちぎれるからだ。


 ルーフは相変わらず柱に突き刺されて地面に張り付いているが、私は九つの縄を全て引きちぎることができたので、ルーフとの同化を解いて琴音を追った。


「鈴原琴音、動くな」


 するとどういうことだろう、青い顔をした吉田君がいつの間にか出口付近にいる琴音の隣にいる。

 そして琴音の苗字と名前を言うと、琴音は動きを完全に止めた。


「これ、あげるよ」


 そんなことを言って、吉田君は何か小さな箱を琴音の手に無理やり握らせた。追い付いて確認できたけど、何か綺麗な木の箱の様だった。

 琴音の表情は固まっているが、顔が青くなって額から滝の様に汗を流し始める。一体、吉田君は琴音に何をしたんだろう。それより私は琴音の魂を喰らって、木口の情報を知らなきゃいけないのに。


「悪く思うなよ。なにか先輩と俺のためだ、鈴原琴音」


 吉田君が再び琴音の名前を呼ぶと、琴音は小さく悲鳴をあげて木の箱を投げ捨てようとした。木の箱は地面に強く叩きつけられたが、何ともない。


「木口、先生。助けて。私は、こいつらを消すまで、死ねない」


 急に顔を青くした琴音は、自分の胸やお腹を強く抑えながら出口に向かって再び進みだした。しかし、さっきまでの全速疾走はできないらしく、何やらヨロヨロと力なく歩いている。


「あれは蟲毒がつまった箱っす。昔はコトリバコなんて都市伝説があったっすけど、あれのハッカイっすね」


 何やら難しそうな話だけど、おそらく呪物なんだろう。吉田君が何処からそんなものを出したのか、いやそもそもいつからそんなものを持っていたのか。彼にも色々あるんだなと思ったが、私はそれより情報収集だ。彼女を食べないと。


「ぐぅううううぅぅッ」


 琴音はとうとう倒れて、口や鼻、眼などから血が流れ出ている。一番出血量が酷いのが股のようで、白いスカートが股から血で染まってきている。

 正直な話、私は引いた。たぶん、人のことは言えないけど、もがく琴音を平然な顔で見つめている吉田君を見て引いてしまった。


「都市伝説では女性と子供を呪い殺し、家を滅ぼす呪物なんすけどね。生前の知り合いがそれの最強を人間使った蟲毒で再現したんすよ。それがあの箱っす。えぐいっすね」


 なんで、死後もその呪物を持っているのか……。色々分からないことや、こんなことが起きたので私は突如冷静になってしまった。


「琴音が死ねば結界は溶けるんすかね。それとも、木口をやらないとここから出られない可能性もあるっすね」


 吉田君は再び建物の壁に触れて透き通ろうとするが、やはり弾かれて透き通ることができない。結界は健在のようだ。


「まずいっすね、木口かぁ。木口の名前って木口裕也って言うんすね。名の呪が利くかは不明っすが、結構まずいっすよ」


 吉田君がブツブツそう言っているなか、琴音はまだ息があるようで地面を這って少しづつ出口に進んでいる。そんな中だ、足音がこちらに近づいてきている。


「遅れちゃったか。あれ? 琴音が倒れてる……」


 長く綺麗な白髪を結んだ老人がこの細い道に入ってきた。片方の袖をヒラヒラと風になびかせるこの老人は、夢であったあの老人その人だ。


「やっと会えたねフジイさん」

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死んだら超ド級の怨霊になっていた私が、記憶を取り戻そうとしたり幸せを求めていたら好きになった人に祓われそうになった話 O.F.Touki @o_f_touki

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