ロサ・ダマスケナの誘惑あるいは神獣たちの甘美なる戯れ
有部理生
実はバラの原種は極東産が多いですが本日の主役はたぶんこの辺が原産らしい品種。ちなみに交雑種であるらしい
山々が薄らと暗く囲む荒地のさなか、みずみずしい葉をつけた低木がまとまって生えている。
風は涼しく、人間ならば長袖一枚か二枚着れば快いだろう気温。空を見上げれば雲一つ無い。
ここはイランがカシャーン州。夜明け近くの薄青の空に、沈む前の月が貼りつく午前4時。
「よっしゃ摘みまくるぞー!」
「お、おー!」
グリフォンもとい
私——青竜、名前は
ともあれ、新鮮な
それにしても、同じく
「ここのバラは野生だからな! だから香りが強いんだ」
ロスタムが誇らしげに告げる。なるほど、確かに
かつては人手不足で出稼ぎを頼ったこともあるバラ摘み。現在は世界的な人口減少に伴い、多くは我々機械生命がこなす。かつての機械ならともかく、ともすれば人間以上に繊細な感覚を持つ我々なら、人間のできることは大体可能だ。余りこういった作業に向かないように見える四足獣タイプの
私たちは最初の方に来たが、後にも何組か本職の機械生命がやって来た。と言ってもバラ摘みをするヒトは0人ではない。レクリエーションや、産品の
「今年は出来がいい、これは期待できそうだ」
「ナッツ食べるかい?」
機械生命とヒト、ヒトとヒト、機械生命と機械生命。ときおり談笑し、時には黙々と手を動かす。沈む月、白む空に
やがて朝ぼらけが山々の稜線を黄金に染める。
朝の光に照らされた薔薇のつぼみは青みがかったピンク、鮮やかなショッキングピンクをほんのわずか淡くした色。開いた花弁はさらにもう少し淡い色。
全身
早くに開いた花を見る。房になって咲く花は、確かに
日が登っても、
ひと抱えもある銅の釜。いくつも並んだ釜のどれにもバラがぎゅうぎゅうに詰めこまれた。私たちの摘んできた花も。さらに山から降りてきた清廉な雪解け水を加え、火にかけられる。エネルギー効率の改良等はあれど、中世、ひょっとしたら古代より構造も
蒸留完了まで少しく時間がかかる。ローズ・ティー用に蕾を干したり、蒸留器には入れず残しておいたバラの花弁からジャムを作ったりして待つ。菓子の材料も日本から持って来た和菓子の材料や何か以外は買い集め、できる分は下ごしらえをしておく。
花輪を編み、皆に分けては私たちも首に飾る。誰も彼もが鮮やかなピンクを頭や首に着けて。毎年の恒例行事である村人の皆とは違い、私はついソワソワとしてしまう。
まだ明るいがそろそろ夕刻に差し掛かろうかという頃。透き通る
そこから
炒めた小麦粉に砂糖を入れた
甘い香り。
ピスタチオ、アーモンド、クルミを混ぜて砕きスパイスを混ぜる。澄ましバターを塗って重ねた生地の上に砕いたナッツをのせ、更に同様に生地を重ね。あるいは生地で砕いたナッツを巻き込み。予熱したオーブンで焼き上げ
水で作ったかき氷に
私たちはとにかく狂気の様に
ともあれ作った菓子はどれもなかなかの出来だった。全種類食べたら頭の中が薔薇で埋め尽くされる気がしたが。
お腹を一杯にしつつ帰国、パートナーにお土産を振舞う。
学会云々で来られなかった彼女はたいそう喜んだ。
あとは日本でしか作れない菓子も作って
後日、イランの
ロサ・ダマスケナの誘惑あるいは神獣たちの甘美なる戯れ 有部理生 @peridot
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