第14話 ファーストキス

 その日から勇太はゆきの顔を見ると心臓の鼓動が高鳴るようになった。始めは愛理の事を好きだと意識していた勇太だったが、ゆきがそばに来ると普通に話をしてもドキドキしてきて、その思いを隠すのが難しくなった。自分は高校生になったから、これ程切ない思いを抱いているのだろうか。どうやったらこの思いを伝えることができるだろうか、と悶々とする日々が続いた。


「ゆき……」


 隣の部屋に向かって名前を呼んだが、返事がなかった。


「ゆき、いないの?」

「なあに、勇太」

「入っていい?」

「どうぞ」


 ゆきは、机の前に座っていた。


「ゆき、俺ゆきの事が……」


 勇太は、ゆきのそばへ静かに近寄った。こんな真剣な顔をして逃げ出してしまうんじゃないだろうか。ところがゆきはこちらの視線をじっと受け止めていた。そんな勇太の視線に気がついて、立ち上がった。ああ、逃げ出してしまうのだろうか。ところが彼女の反応は全く違っていた。こちらへ向かって手を伸ばしてきた。


「ゆきの事が……好きになった」


 お互いの視線が絡み合った。勇太は確信した。彼女も自分の事をかなり意識している。両手を差し伸べるとゆきは勇太の体にそっと触れた。勇太はその体引き寄せ、強く抱きしめた。


「あたしも、勇太君が好きよ」


 その思いがけない言葉を聞き、勇太の気持ちが堰を切ったようにあふれ出した。勇太は次の瞬間ゆきの唇に自分の唇を重ねた。


 一瞬彼女の体はピクリと震えたが、勇太の唇をしっかりと捉えていた。勇太は耐えきれずその唇を強く吸った。こんなことをしてもいつまで一緒にいられるかわからない恐怖心から踏み込めないでいたのに、今はもうどうなってもいいというぐらいの切羽詰まった思いが溢れてきた。


 その時の彼女はふざけて取っ組み合いする時とは全く違っていた。柔らかい胸の圧迫感や、ダンスで鍛えた弾力のある腰や太ももの感触が勇太の理性を奪い去っていた。


「ああ……素敵だ……ゆき……はあ、はあ……」

「……あっ、勇太、そんなっ」

「……あああっ、もう……」

「あっ、あん」


 勇太の息は荒くなった。そんな躍動する勇太の体をゆきは優しく撫でている。勇太の体は甘く痺れるように震えている。


「柔らかくて素敵だ」

「あん、くすぐったい」

「……はあ、全部可愛い」

「……うん、もう」

「……すき……だ、ゆき。離れたくないんだ。ずっと一緒にいたい」


「もう、勇太君、いられるよきっと」

「きっとだ。卒業して大人になってからも」


 そんな刹那を込めて勇太はキスを髪の毛、頬、胸に落とした。苦しいのは俺が今病気と闘っているからなのか……。そうではないだろう、きっと。


 こんなファーストキスは高校生のゆきには刺激が強すぎるんじゃないのか……。ゆきはそんな勇太の心配とは裏腹にしっかり勇太の思いを受け止めてくれている。


「いつかまたきっと会える」

「変なこと言うわね、勇太君。そんなこと決まってる。勇太君、家に戻っちゃったら暫くは会えないけど、またいつでも会える。だから何も心配いらないよ」


 ゆきはそう考えるから自分の気持ちを受け止めてくれた。勇太は泣き出したいほど切ない気持ちになり最後にもう一度体をきつく抱きしめた。彼女の事を覚えておくために。記憶の底に刻み込む為に。


「好きだよ……ゆき」

「何度も、何度も、照れちゃうな……嬉しいけど」

「忘れない」


 自分が消えてしまったら、ゆきの記憶に残っていられるのかわからないがこの感触を覚えていて欲しい。ゆきの気持ちを受け止めながら、最後の一線を越えることはできなかった。

 それは絶対に許されないことなんだろう、と必死に抑えた。


「大人になったら来て!」

「大人になったら? うん、必ず行くよ」

「約束して!」

「いいよ」


 二人は思いやりのこもった目をお互いに向けながら起き上がった。


「ゆきに告白するね。今のは俺のファーストキス……最高だった」

「あたしも、そうよ。最高!」

「だから、一生忘れない」

「あたしも、大事な思い出にする」


 ゆきは、勇太の顔をじっと見ている。


「……何? 俺の顔に何かついてる?」

「ううん、勇太君……凄い情熱的……ファーストキスがこんな凄いって初めて知った」

「俺って見かけによらず、情熱的だから」

「私って、魅力あるんだって、誇らしくなっちゃう。だって、勇太君たら、何度も何度も私の名前を呼んで、いつもの勇太君と大違いで」

「男ってそんなもんなんだ」

「……ふ~ん。そうお」

「もう、それ以上言わないで!」

「分かったわ」


 勇太が言ったことは本当だった。勇太のファーストキスは、甘く切なく苦しく、そして忘れられないものとなった。


 その晩布団にもぐると、体はほてったままだった。いつか必ず大人になったゆきに会いに行こう。その時に彼女が忘れていたら、初めからやり直そうと勇太は心に誓った。

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