第15話 再び現れた死神

 ゆきとの生活が終わってしまうのは恐ろしいが、布団に入って眠ってしまうのはもっと恐ろしかった。明日また目が覚めるかどうか分からないからだ。それでも昼間の疲れが襲ってきて、布団に入っていると眠気が襲ってきて心地よくなってしまい、いつの間にか眠ってしまっている。

 その日も、じっと体を横たえて目をつぶっているとうつらうつらしてきた。夢の中で黒っぽい服装をした人物が近寄ってきた。


「おい、勇太。別の世界には慣れてきたようだな」

「あっ、お前は?」


「覚えていたか? 死神だ」

「俺はまだ生きているのか?」


「ああ、かろうじてな。生死の境をさまよっているが、生きてはいる」

「だったら、もう助けてくれ! いつまでも中途半端なままにしないで、早く生き返らせてくれ!」


「ああ、もう。そんなにじたばたするな! 俺は、迷ってるやつの道案内しかできないんだ。しかし、まあ。生きている時は、生きていても楽しいことなんか大してないって言ってたくせに、調子のいい奴だなあ」

「そうだったな……。俺はいつもそうだった。二度も死神が現れたんだから、これでもう俺はおしまいなんだな。もうあきらめなきゃいけないのか……」


「ちょっと待てよ。あきらめるのはまだ早い! お前がどんな様子だか見に来ただけなんだ。もう一つの世界で楽しくやっていたようで何よりだ」

「ああ、好きな人もできた。だから、もう少し生きてみたいとも思ってる」


「じゃあ、そんなに慌てて戻ることもないじゃないか。でも、これ以上長居すると別の世界の住人になってしまい、結局最後はどちらにもいられなくなってしまう」

「それじゃあ、どうなるんだ」


「目が覚めた時に分かるだろう」

「目が覚めるんだな! 俺は助かるってことか!」


「目が覚めた時、どんな現実があるかわからないが」

「つべこべ言ってないで、助けてくれ!」


「まあ、まあ。俺はもう行くよ。お前にはもう用はないからな」

「俺だって死神に用はない」


「じゃあ、また会う日までお互い元気でやろうぜ」

「やっと帰る気になったんだ」


「勇太、あばよ」


 

 勇太はすっと体が軽くなるのを感じた。死神が遠く暗闇の向こうへ消えていく。


 勇太は思い切り息を吸い込み目を開けた。いつもの布団の中で目が覚めたのだろうと思いカーテンのある方向を向いた。ところがそこにカーテンはなかった。周囲には同じようなベッドが並べられ、人が横たわっている。灯りは太陽の光ではなく、人工的な白っぽい光だ。そんな白っぽい光の中で、黒っぽい色をした物体が置かれている。ここはどこだろう。気になって起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。その時誰かの声がした。ゆきの声だろうか。


「正木さんっ! 分かりますか」

「ここは……?」

「病院のベッドの上です。高熱で救急車を呼んでここへ運ばれたんです。それからずっと意識不明でした。今先生を呼びます」


 目を凝らして看護師の胸にかけられたネームプレートを見ると鈴木と書かれていた。


「鈴木さん……」

 

 ゆきではなかった。勇太は失望で、再び瞳を閉じた。勇太を呼ぶ声がした。


「正木さん。正木勇太さん」

「……はい」


 目を開けると、先ほどの看護師が医師と共に立っていた。二人はモニターと勇太の顔を交互に見ていた。


「意識が戻ってよかった。二週間ずっと昏睡状態でした。自発呼吸もできるようになりましたし、回復に向かっています。危険な状態は脱しました」

「……そうですか」


「良かったですね。ウィルスに打ち勝ったんですよ。あと少しです、頑張ってください」

「ありがとうございます」


「様子を見て、集中治療室から一般の病室に移動してもらいます」

「……はい。一つ質問してもいいですか?」


「何でも訊いてください」

「独り言を言いませんでしたか? 夢を見ていたような気がするんです」


「いいえ、全く。そんなことはあり得ません」

「……そうですか」


 じゃあ、あの高校での体験はすべて自分の意識が作り出したものだったのか。瞼を閉じると鮮明にあの家の様子、そこにいた人たちとの会話、彼らの表情が鮮明に蘇ってきた。


 勇太は翌日一般の病棟に移された。担当の医師と鈴木という看護師が付き添った。彼女は医師の診察が終わってからも部屋に残り点滴をセットしたり、手が動かせるようになった勇太のために身の回りの物を準備してくれていた。


「すいません」

「いいんですよ。ご家族の付き添いもできないから、私たちに任せてください」


「あのう。鈴木さんがずっと僕の世話をしてくれたんですか」

「はい。入院してきたときからずっと。途中交代はしてますけど……」


「本当に僕は、何も言いませんでしたか? 誰かの名前を口走るとか……ありませんでしたか?」

「私は、チョットだけ動いたような気がしたんですが、気のせいかもしれません。それ以外は何も言葉は聞いていません。何か気がかりなことがあるんですか?」


「いいえ、夢を見ていたんでしょう。そうだ、入院するときに持ってきた鞄はありますか」

「はい、ロッカーにしまってあるので、出しますね」


 鈴木さんはロッカーを開けて鞄を勇太の枕元に持ってきてくれた。勇太は鞄を開けて中身を確認した。家で慌てて入れた白いシャツと紺のズボンが入っていた。ズボンの中には御守りが入っていたはずだ。御守りが自分を守ってくれたのだろうか。


 勇太はポケットの中に手を突っ込んでみたが、見当たらない。左右両方のポケットを見てもない! なぜだ!


 そんな馬鹿なことが! いつも持っていたはずだ! 


 荷物を取り出し鞄の底を見ても何も見当たらない。


「荷物はこれで全部でしたか? 中から出したものはありませんかっ!」

「いいえ、私たちは一度も開けたことはありません。患者さんの私物ですから。ああ、保険証は手に握りしめてましたから、それはお預かりしていますが……」

「なくなるなんて! 他の患者は出入りしてませんでしたかっ!」

「集中治療室に盗みに入るなんてことはできません」

「そうですよね……」


勇太はキツネにつままれたような気持になった。


「そんなに気にしないでください。命があったんですから」

「……ああ」


 看護師が部屋を出て行ってから考えた。


 あの御守りは、高校生になった自分がゆきにあげたんだ! だからなかったんだ。すると、あの世界は本当にあった世界……。そうに違いない。またきっとどこかでゆきに会える。勇太はそう信じることにした。


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